初めての赤点

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初めての赤点

 初めての赤点は、煙草の味がした。  片思い中の先生とどうしても話がしたくて、僕は数日前の中間テストでわざと悪い点数を取った。今まで、そんなことをしたことが無かったし、テストそのものが簡単だったからどうしようかと迷った。けど、どうしても、先生との接点が欲しかったのだ。  こうして僕は、人生で初めて赤点というやつを取ることに成功した。  そのテストの平均点は八十点。先生からしたら大サービスのテストだったのだろう。そんな中、赤点を取ったのは僕ひとり。望んだ通り、僕はテスト返却日の放課後、準備室に呼び出された。 「……」 「……」 「……はぁ。そんなに難しかったですか? 俺のテストは」 「いえ……あの日は調子が悪くて」 「調子?」 「風邪気味で」 「それじゃ、今解こうと思えば全問解ける?」 「うーん……全問は無理かもしれないですけど、平均点くらいは取れます」  夢みたいだ。  先生とこうやって話をしている。  先生はまだ若い方で、目つきがちょっと悪いから怖がる生徒も居るけど、その涼し気な瞳が素敵なんだ。  先生は頭を掻きながら、返却したテストとまったく同じ問題が印刷されたものを僕の目の前に置いた。「解け」ってことなのだろう。  僕は鉛筆を手に取る。取ったけど、手が動かない。緊張で、右手が震えて問題が溶けない。 「……やっぱ、難しい?」 「いえ……」 「じゃあさ、こういうこと?」 「え?」  僕は先生を見上げる。  重なる視線。  近付くくちびる。  触れた、一瞬。  苦い味。 「……っ!?」  キスだ。  そう認識した僕は、体勢を保てずに椅子から床に転げ落ちた。 「な、何……?」 「違ったか? 優等生のお前が、こんなテストで赤点なんか取ってさ。本当に分からない様子でも無いし……なら、俺に何か言いたいんじゃないかって」 「う……」 「なぁ、何が言いたい? 俺は待っててやるよ」  もう誤魔化しも何も通用しない。  僕は、小さな声で先生に言った。 「先生のことが、好きです」 「ん。ありがと。付き合うのは卒業してからな」  そう言って先生はまた僕にくちびるを寄せる。僕は慌てて先生の胸を押した。 「い、今! 付き合うのは卒業してからって!」 「え? 付き合ってなくてもキスはするだろ?」 「そんなこと無い……って、あれ? どうなのかな……?」 「真面目」  隙を突かれてまたキスをされた。  苦くて溶けちゃいそう。きっと煙草の味。 「あの、先生はいつから僕のことを……?」 「今」 「い、今!?」 「恋は落ちるものですー。さ、これ以上のことされたくなかったらもう帰りなさい。あと、無理に赤点取らなくても、いつでも甘えに来て良いからな?」 「は、はい……」 「それじゃ、また明日」  沸騰している頭を抱えながら、僕はふらふらと準備室を出た。  初めての赤点、煙草の味。  いろんなことが初体験で、知恵熱が出そうだよ……。  僕はちらりと振り返る。そこには、準備室から出て来た、にっと笑った先生がひらひらと手を振っていた。  僕はそれに一礼して、そっと自分のくちびるに触れた。  もう、わざと赤点を取るのは止めよう。  次は、良い点数を取って、思いっきり褒めてもらうんだ。  ふーっと廊下に響き渡るくらいの深呼吸。  それでも、先生の煙草の味は、ずっとくちびるに残ったままだった。
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