【5】連鎖

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【5】連鎖

〜文京区お茶の水〜 翌日。 送迎の車から降りる。 「お荷物お持ちしますので」 「いえいえ、大丈夫です。わざわざアパートまで回っていただき、すみません」 運転手の好意を断り、トランクから段ボール箱を取り出す。 赴任してまだ3ヶ月。 1週間分の洗濯物を、大阪の妻へ送るため、駅前にある郵便局へ持ち込む。 列に並び、時計を気にしながら待つ。 「毎度どうも。…顔色が良くないようですが、大丈夫ですか?」 毎週のことで、局員にも顔は知られている。 「ええ、ちょっと寝不足でして…」 「まぁ、まだお若いですが、無理しないようにね」 昨夜はホテルに泊まり、結局一睡も出来ず、遅めの朝食を済ませて、車を呼んだ。 約束した外出先へ向かう途中である。 待合フロアのTVニュースに目がいく。 「酷い事故がまた起きてしまって。おかげで配達の車が渋滞に巻き込まれて、困ったものです」 「また」という二文字の響きが気になる。 「では、来週お待ちしてます」 軽く頭を下げて出て行く。 駅の改札を抜け、地下鉄の階段を降りる。 確かにいつもより人足が多い。 東京メトロ丸の内線のホームは、ちょうど電車が出たタイミングで、まだ誰も立っていない位置へ立つ。 働かない思考。 力の出ない重たい手足。 (はぁ…) 5回目のため息を()き、次の電車を知らせる掲示板を見上げる。 知らぬ間に、ホームには大勢がいた。 そのあちこちから、ヒソヒソ声が耳に届く。 暗闇から見えてくる電車の光。 (早く来い…早く) 電車の音が近付く。 それに合わせてヒソヒソ声も大きくなる。 (はぁ) 諦めと、安堵の混ざった短いため息。 「せんせい」 「ひぇっ⁉️」 突然耳元で囁かれ、逃げる様に振り向く。 足がもつれ、倒れて行く体。 「あっ❗️」 後ろにいた男性が手を伸ばした。 直ぐそこにある光が眩しい。 一瞬、驚いた運転士の顔が見えた… 「キィキキキキキィーー…ガンッ❗️」 「うわぁァ❗️ キャァアー❗️」 視界が回りながら、悲鳴が遠く消えていった… 〜5時間後〜 現場から、戸澤と大門が帰って来た。 「ただいま戻りました」 「ご苦労様。やられたわね」 咲の言葉に驚く2人。 「やられたって?どう見てもただの事故ですよ?ホームにいた駅員も、電車が来るのを監視していて、よろめいて倒れたのをハッキリ見たと言ってます」 「残念ながら、大門の言う通りだ。後ろにいた男性とは距離があったし、他の目撃者の証言も一致した」 戸澤とて、面白くはない。 「このタイミングで、ここへ来るはずだった青柳校長が死んだのよ!それに、これを見て」 「これは駅の監視カメラ映像です」 昴が送って貰った映像データを見せる。 よろめいて倒れる青柳に、手を差し伸べる男性。 「んっ?」 戸澤は異常に気付いた。 「ちぎれ飛んだ頭は、左から電車にはねられていた様だな」 奥の階段から豊川が下りて来た。 部下の報告書をタブレットで見ている。 「誰かに…呼ばれて慌てて振り返…った?」 「ああ、にな。しかも右足は1ミリも動かせないままだ」 タブレットの写真を差し出した。 「これって…」 「咲さん、心配するな。これは子供の手じゃあない。だが、指の細さから見て、恐らく女性の手だな」 青柳の足首には、強く握られた手の跡がアザになって残っていた。 「よほど驚いたんだろう、右足の骨は捻られてぐちゃぐちゃに折れてる」 「マジかよ…」 動くはずの足がピクリとも動かず、それを知らずに勢いよく振り向いた青柳。 人の骨は硬い。 故に、脆い。 全体重の捻りに耐え得るはずはない。
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