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【1】The beginning
〜東京都文京区〜
8年前。
国立名桜女子高等学校。
多くの有名校がひしめき合う文京区にあって、お茶の水女子大学附属高校と、偏差値で1位2位を争う優秀校である。
そんな見えない争いはよそに、学生達は日々学び、桜の季節に、卒業式を迎えた。
広い体育館に、2年以下の在校生が着席し、その後ろに卒業生の席を空けて保護者が座る。
周りには、報道関係者も来ていた。
ポーランドの作曲家、フレデリック・ショパンのピアノ独奏曲『別れの曲』が流れる。
美しいメロディが、永遠の輝きを放つ名曲。
この時点で涙ぐむ者も少なくはない。
卒業生の列が、精錬された間隔と歩調で進む。
ただ…1箇所だけ、間隔が…広かった。
それに続くのは、坂上紫乃譜。
若き総理大臣、坂上理雄の長女である。
フラッシュが光り、シャッター音が続く。
あの間隔の意味も、多くはそれと理解した。
…教職員以外は。
静かに慌て出す職員達。
着席し、卒業証書の授与式が始まる。
緊張する卒業生に、笑顔で未来への切符を手渡す校長。
12番目の者が壇上に上がると、アナウンスが次の名前を読み上げる。
「阿良宮美里愛」
…返事はない。
事務員が、アナウンス係に次を告げる。
「坂上紫乃譜」
「はい!」
空席に、一瞬だけチラッと目をやり、毅然とした態度で、壇上へと上がる。
カメラマン達が、授与される瞬間に集中する。
その指が、連写シャッターを押した時…
「キィ…ガシャン⁉️」
「グァジャ…」
卒業証書を差し出した校長の前から、坂上紫乃譜の姿が消えた。
声を上げる間も無い。
信じられない光景に、時間が止まる。
最前列の在校生が、無意識に顔に付着した生暖かいものに触れ、その色を確かめた。
「キャァァアー⁉️」
大勢の悲鳴が、一斉に館内に響いた。
カメラのシャッター音が鳴り続ける。
天井の大きな照明器具が落下し、坂上紫乃譜を直撃。
一瞬にして変わり果てた肉塊に変貌した。
慌てふためく教職員達。
気を失う総理夫人。
騒然とする中。
ショパンのピアノの音色が、優しく流れつづけていた…。
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