9人が本棚に入れています
本棚に追加
卒業
「おい、中里!ピアスを外せ」
通り過ぎる寸前で鋭い声が俺を静止させる。
「迫平先輩、今日もお疲れで〜す」
ヘラッと笑い、挨拶する。
「挨拶じゃない。ピアスを外せと言っている」
「今更じゃないですか〜。ピアスの1個や2個や7個なんて、気にしないで下さいよ」
笑顔を崩さずヘラヘラとかわそうとする。
「結局髪の色も直さず、ピアスも外さなかったな。
靴も後ろを踏んで、服もだらしない。風紀委員で恐れられていた俺の言葉をここまで無視するヤツは初めてだったよ」
諦めた様に笑った顔に思わず見惚れてしまった。
「……おい、何だよ?」
「い、いや、だって、迫平先輩の笑った顔レアなんで……」
俺の言葉に先輩はカッと顔を赤くする。
……あ、可愛い……。
コホンと気まずそうに小さな咳を一つすると
「明日俺が卒業したらお前はせいせいするんだろうな。だが、お前の事は次の風紀委員に引き継いでやってるからな。
逃げられると思うなよ?」
「俺、先輩卒業したら髪の色戻して、ピアス潰して靴はちゃんと履くし、服もきちんと着るよ」
「はぁ?!何を言っている。それが出来るなら俺が言ってる間に……」
「だって、俺、先輩に注意してもらいたくてやってたから」
「はぁ?!」
「今日も注意されてにやけてる」
「?!」
「先輩って笑わないし、口数少なくて厳しいイメージあるけど、笑う以外の表情豊かですよね〜。分かりやすいと言うか……」
一旦言葉を切って先輩の顔を覗き見る。
「ほら、今は完熟トマト。か〜わいい」
「か、かわ……かわ……!!」
「俺、本当はスッゲー地味男なんですよ。本当はこうやって先輩と話なんて出来ない位……。
先輩は覚えてないでしょうが、俺、中学の時に先輩と同じ学校と塾で憧れてて、同じ高校に行ける様になって、どうやったら先輩と話が出来るかなって考えて……。
先輩が風紀委員って知って、ヨシ!髪の色変えようって……。
ピアスも高校入ってから開けたんです。気がついたら3つと4つの計7つも……」
タハ〜ッと鼻の頭を掻いて笑う。最後だからカッコ悪いけど、俺の全部を暴露してやろう。
「次会った時はきっと、俺って分からないと思いますよ。って、もう会う事無いか」
冗談で締めたが、自分で言った最後の言葉が重たく胸に残る。
……もう会う事無いよなぁ……。
「髪の色を戻して、ピアスを潰して、身なりを整えても、俺は中里の事、すぐ見つけられるよ」
「え……?」
知らず俯いていたので顔を上げる。
途端に目に入る、先輩の笑顔。
「お前の事2年も追い回してたんだぞ。多少見た目が変わった所で俺を欺けると思うなよ。
……どこに居ても目で追ってしまうんだ。どうしてくれるんだ……」
最後は消え入りそうな小さな声だったが、俺の耳はバッチリ拾ってしまった。
「先輩!!」
思わず俺は先輩を抱きしめてしまい、先輩に正座させられ延々と説教を食らってしまった。
説教の間、ずっと顔がにやけてたのは仕方ない。
先輩は明日卒業する。
俺も無理に作った容姿を卒業して、これからは素の自分で先輩に会いに行こうと思う。
今の気持ちは憧れだけど……先輩も俺の事を面倒な後輩としか思ってないだろうけど……もしかしたら卒業して上に進むかもしれないよな?
〜END〜
丁度1時間。
最初のコメントを投稿しよう!