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見下ろした市街地は行き交う車のエンジン音と人々の喧騒でごった返している。どこからか響く救急車のサイレンとパトカーの警報音。雲一つなく晴れた空には大きなジェット機が飛び立って行った。 五月蠅すぎる街の中に建つ一棟の古いアパートの屋上に彼は居を構えていた。 以前はアパートの管理人が事務処理をするために使っていた小屋は正直、住み心地が良いか?と問われるとまったく良くない。 断熱性能が低くて夏は暑いが冬は寒い。防音機能などあるはずもなく街の雑踏からアパートの住人達の喘ぎ声までよく聞こえるからだ。 前のオーナーがこのアパートを売ったのは資金繰りに行き詰ったからだ。不動産投資に手を出したものの直後に起きた金融ショックによって返済することが出来なくなってしまった。 銀行に見放され家族も友人も離れて行ったオーナーは闇金融に手を出しそこからはなし崩しだった。 膨らむ借金の形にアパートは取り上げられ、ありとあらゆる裏の仕事に手を染めた挙句にドラッグ中毒となり、彼の寝床は今ではアパートの傍の路上となっている。 どうしてここまで事情に詳しいのかと言うとそのオーナーが人生を滑落してくのを自分の眼で見て来たからだ。
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