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「これは『事件』ではないみたいですね」
「うん、その通りだ。」
班長は現場に入った最初の段階でそんな感じがしたと説明して、お店の引き戸の下端の木の部分に一部小さな穴が空いているのを私に示した。
「昔はどこの家でもネコ飼ってたもんでな……」
戸の穴は開いてるのではなく、猫が通るために開けているのだ。
「昔はどの家の屋根裏にもネズミがいたからネコが捕まえたり、散らしたりしてくれる。今の家は密閉性も高くなって昔ほどネズミはおらんからなぁ」
駄菓子屋のある地域は古い家も多く、そんな家も探せば幾つかあるだろう。この現場に開いている穴は随分前に封をして修繕したような跡があるけど、それも戸そのものも経年劣化で破れていた。
「おばちゃん、昔ネコ飼ってたでしょ?」
さっきの私たちの会話を聞いてたのか、大きくうなづいて笑みを浮かべた。
「そうそう、何年か前に亡くなって以来飼ってないんだけどね。それに、今は街が綺麗になって、天井裏も騒がなくなったしねぇ」
「ウチの相棒は最近の子なので、馴染みがないんだよ」
「まあ、そうだわねぇ。まだお若いものね」
二人は同じタイミングで笑い出した。班長は話し相手が誰であろうと現場から導かれるものから共通の話題を探し、話を作るのが上手だ。自分のゾーンに相手を引き込んで心を開かせているのが空気で分かる。そして、そこに取り残された自分がちょっと悔しい。
「本当は、こういう事はしないんだけどね」
と言いながら班長はガラスの蓋に付いた足跡をシートで採取した。それが事件の捜査に使わない事は駆け出しの私だってわかる。
「足跡ついてたら商売ならんわな。事件……ではないけど足跡は掃除したら二度と取れないから取っておこう、本当に念のため」
と言いながら班長はガラスの蓋をシートで綺麗に拭いて、中にある麩菓子を数本取り出してお金を払っていた。
「また、寄らしてな。今度は仕事じゃない時に」
「ありがとうね。」
班長は子供のような笑顔で挨拶するとお店を後にした。私もどうしたらいいか分からず、追っ付けお礼をして、班長の後ろに付いて外に出ると後ろからおばあちゃんのクスクス笑う声が聞こえていた。
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