初めての落語 初めての長短

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 控室に漂うキセルの煙。  「ふぅ~」  ここは少し大きめの控室ですねー。  畳のスペースがあり、奥には応接セットがあり。そして、ソファに座りキセルをくゆらせている私は、噺家の円家亭(えんかてい)花風(かふう)と申します。  ぱぁ~。演目を成功させて一服する、この時間が至福の時です。この今回の地方講演は嬉しいことに、ここ控室でキセルを吸う事ができる。今の時代、もうこんな所ほとんどないんですよ。嬉しい事です。  ぱぁ~。キセルをくゆらし、この空間に溶け込む。あー幸せな時間。    落語でも良く登場するキセルですが、もう皆さん使い方なんて分かりませんよね。細かく刻んだ糸みたいな葉っぱを小さく丸め、雁首の火皿にぎゅっと詰め火をつけます。  「ん」「ぱ」と口に煙を入れながら火を安定させていきます。決して、思いっきり吸っちゃいけませんよ。灰まで肺に入ってきてえらい事になりますからね。ハイ。  ……うーん。このシーンと静かな空間を、煙が優しく包んでくれる。  最高。    そして最後は灰皿にポンと灰を落としてお終いです。  そんな感じで、煙の中にたゆたっていると、不意に「トントントントン」と扉をノックする音と一緒に「すみませーん」と声が聞こえてまいりました。  「ハイどうぞ」  答えるや否や扉が勢いよくあいて入ってきたのは、着流し姿、細身の中年男性。 「へえ、私は短八と申しまして、今日は先生にお願いがあってやって参りました。いえいえ決して怪しいもんではございません。それに先生にお手間は取らせません。こう、ポンポンっと落語のご指導を少しして頂けたらと思いまして、へえ。それで、こいつは長太郎と申しまして……」  短八と名乗った男は横を向きましたが誰もいません。  後ろを見ると物陰から、長太郎と呼ばれた男が中の様子を伺っておりました。長太郎もやはり着流し姿の中年男性。しかし体型などは正反対で、小柄ながらも、ちょっとふくよかな体型に優しそうな顔をしています。 「何やってんだ、早くこねーか!」 「で、でも~」 「いいから! 早く来い」 「でも~、まだ~、いいって~、言われてないし~」 「いいんだよ、そんなのは。こう言うのはな勢いで押し切っちまうんだよ。あっちは、有名な噺家で偉い先生だ、ちんたら言ってたら断られちまうだろ。だからな、ガーーっと用件言って、有無を言わせぬうちにダーーっとやって、パッパッパッと終わらせればいいんだ。分かったか!」  何を言ってんだこの人は?    「あのー。聞こえてますよ。何の事かわかりませんけど。言っときますけどね。私はガーーとかダーーとかパッパッパッてやりませんよ」  短八が長太郎の袖を引っ張ってやってきます。     「いやいやいやいや、さすが先生、話が早い。大丈夫です。ガー、ダーとかやるのはこっちでして、それに塩でもかける様にパッパッパと少しご指導頂ければ。いや本当に、パッパッパと、はい。お手間は取らせません。落語の内容は全部覚えて来ております。どうぞ、どうぞ、一つ。私たちの落語を聞いていただけませんでしょうか?」  たまにね、こうやって控室にまでやって来るお客さんっているんですよ。寄せでは全てお断りしているんですが、まあ、地方に来るとサービスで多少はお相手する事もございます。でもねー、落語を聞いてほしいと言うのは初めてですね。 「先生、神様、仏様、社長、大将。ほら、お前も何か言え」 「……」 「ほら早く!」 「もう~、そんなに怒ったら~、言いたい事も、言えないじゃ~ないか」  間が空きます。 「長短をね~。きいて。もらいたいな~。なんて」  二人がジーッとこちらを見つめてきます。 「ああもう、分かりました。今、ちょうど時間がある。聴くだけになるかも知れませんが、ちょっと聴いてあげましょう」  ちょっと興味が湧きました。まるで長短のお話に出て来るような二人が『長短落語』をしようって言うんです。まあ、今は気分もいいし。ちょっと聞いてあげましょうかね。
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