初めての落語 初めての長短

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 短八が「では早速『長短』をやらせて頂きます」と、答えたかと思うと畳にドカッと座り込みました。  そして目一杯息を吸い込むと、一気に喋り始めます。 「誰だい? 誰? いや、その戸の隙間から、ホラ、そこ。こうやって、目だけ出して覗いてんじゃないよええ、あ、引っ込めてやがる、また、出した。あのねえ、これっぱかしの所から目だけ出したり、引っ込めたり、出したり、引っ込めたり、ああもう! めまぐるしいから! そういう事すんの長さんだろ。わかってんだよ、長さんだろ」  冒頭を聞いて、あー、やっぱりなと。嫌な予感が的中しました。 「ちょっと、めまぐるしいのはあんたの話だよ。短七の部分は、まあ良しとしましょう。あんた、そのままだからね。だけど、その話し方じゃ、長さんがいないよ。ね、あっちに長さんがいて、その長さんに話しかけてんだ」 「え、ダメですか? 間違ってねえと思うんですが」 「ダメですかって、あんた短七さん一人じゃ、長短の話にならないし、面白みが一つもないじゃありませんか」 「こっちの方が話がポンポンポンって進むかと思ったんですが…… まあ、先生がダメって言うんじゃしょうがねえ」 「あ、あの~」  長太郎が、さっきから手を上げたり下げたりしながら、何か言いたそうにしておりました。 「はい。なんですか? 何かいいたいんでしょ。さっきから」 「あの~、つぎは、おらのも聞いてほしいな~」  そういうと、短八さんの横に静かにゆっくり座りました。  そして、ゆっくり包み紙を開くような仕草をして、何かを一個取り出して、嬉しそうに眺めました。  「なんだい、丸餅のくだりをやろってのかい?」  長太郎さんが頷きます。  そして、手に持った丸餅を二つに分けてどちらを食おうか見比べています。   ほほう、動きはうまいね、悪くねえ。  やがて、片方の丸餅を口に運び、くちゃくちゃくちゃと食べ始めました。  くちゃくちゃくちゃくちゃと  くちゃくちゃくちゃくちゃと  くちゃくちゃくちゃくちゃと  くちゃくちゃくちゃくちゃと   「ちょっとちょっと、いつまで続けるんだい? 短七はどこ行ったの? 短七は」 「いや~、短七さんは、むずかしくて、できなくって。だから~、無しでもいいかな~って」 「いやいや、それじゃ、ただ食べてる所がいつまでも続くだけじゃないか。ダメだよ短七さんもやらなきゃ」 「それがね~できりゃ~、苦労はないんですがね~」 「俺は逆にあの長さんの所がどうしてもできねー」  横にいた短八が腕を組んで呟きました。 「お二人は初めての落語ですか?」  頷きます。 「そうでしょうねー」 「でも~、お父つぁんが言ってました。やりたい事は諦めるな~って。石の上にも、三、十年だって」 「三年ですよ三年。三十年ってあんたねえ」 「な~んとか『長短』をね。やりたいんですよ~」 「とは言ってもねー」  弱りましたね。30年も付き合ってられませんよ。
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