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「あ、あの〜、おらのお父つぁんが来てくれました」
「え、お父つぁんって亡くなったんじゃないんですか?」
「へぇ~。そうなんですが、心配で~来てしまったそうです。そこの先生の後ろ」
「え?」
「ほらそこそこ、その上」
と短八さんが私の後ろを指差しました。
私には見えませんでしたが、首筋に冷たいものを感じます。
「ちょっと、そっち行ってもらって下さい。私、こう言うのあんまり得意じゃないんです!」
長太郎さんが、こっちこっちと手招きします。
「あーもう。で、どうだい、お父つぁんは笑ってくれたかい?」
「あ、いや」
短八さんが気まずそうに頭を掻いておりました。
「泣かないでよ~。お父つぁん。おら、ちゃんと~、がんばるよ」
そう言うと長太郎さんは袖で顔を隠しました。肩が震えております。
「どうしたんです?」
短八さんが私のところに来て耳打ちで代弁してくれました。
「お前が一生懸命やっている事は分かった。だが、まだまだだ、まだまだまだまだまだまだだ。だから、こっちへは来るんじゃないよ。もっと、もっと頑張って長生きするんだ。いいね。と」
「わかった。おら~頑張るよ~」
短八さんが、長太郎の肩に手を置いて振り返りました。
「あー、それから。先生の落語『長短落語』あの時間は私にとって極楽でしたと、伝えて欲しいと」
「分かりました。私に姿は見えませんが、お父つぁんに私の声は聞こえてるんですね? 私の姿は見えてるんですね?」
「そのようです」
「そこまで言われたら、私もやらない訳にはいかないでしょう」
私は、畳の上に静かに座ると空を見つめました。見えません私には。見えませんでした。でも、感じます。
「冥土の土産に少しばかりのお時間、楽しんで下さい」
私は心静かに、だけど勢いをつけて話し始めました。
「誰だい? 誰? いや、その戸の隙間から、ホラ、そこ。こうやって、目だけ出して覗いてんじゃないよ」
私もプロの噺家。
せめて一瞬だけでもこの空間を笑いで変えてみせましょう。
世界を作り出して、浮き上がらせてみせましょう。
たとえそれが1ミリ、2ミリだとしても。
ふんわり。ふわり、不思議な笑いの世界に誘って。
現世との間にたゆたって。
短八さんが、ニヤッとしながらクスクス笑っています。たまに私と一緒に長さんに突っ込んだりしてね。
長太郎さんは、幸せそうな顔で、おーい、寝ちゃいそうだよ。おーい。あ、瞼が下がった。上がった。下がった。上がった。目まぐるしいねー、ハハ。
そうだね。気負ってもしょうがないや。素でいこう素で。これが私だし。
ちゃんと、聞いてますか? 長太郎さんのお父つぁん?
長太郎さんには短八さんがいるから、大丈夫ですよ。
「ほ~れ見ねぇ~。や~ぱり怒るじゃねぇ~か。だから、教えない方が良かった」
そんな感じで今日の「長短」は何だがいつもより優しい感じで終わった気がいたします。
……なんか何処かからグー、ガー聞こえて来るな。
見ると長太郎さんが、短八さんにもたれかかって寝ていました。
「先生すみません。こいつ最近寝てなかったもんですから」
……良かった。幸せそうな寝顔だ。
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