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時は経ち
今年はチョコモン25周年だと、誰かが言った。私は返事もせず、ならば再来年は銀婚式か、と薬指の指輪に触れながら考えていた。
「社長、ほんとうに辞めてしまうのですか」
私は口を閉ざしたまま振り返り、居並ぶ数人の役職員のうち、誰の声だったかなと考えた。今さら確認せずとも、分かりきったことを聞かなくてもよろしいだろうに。印刷所の頃は無用なやりとりをせずとも用件は伝わったものだが、今や「チョコモン・カンパニー」なるカードゲームを扱う会社となり、私はただの飾り物となってしまったのだから仕方ないことだ。
チョコモン担当チーフ・デザイナーの浮薄な男が一歩前に出て、彼らの方を向いて両手を広げた。
「社長は印刷会社の経営だけに専念したいとおっしゃっている。長年の功績に報いるのなら、何も言わずに見送るべきではないか」
しごく真っ当な発言のようだが、要は1秒でも早く出ていけということだ。
「見送りは要らない。どうせなら蹴り出してくれた方がせいせいするね」
チーフ・デザイナーは眉をひそめた。唇が妙な形に歪み始めた。彼の欲望は金・色・名誉と至ってシンプルなのに、それを面に出さないように常に努力しるから、性格がねじくれてこんがらがってしまうのだ。
初期のチョコモンは4センチ四方のシンプルなステッカーだったが、今はトランプほどのサイズで、ホログラムやICチップまで使用した豪華なものになった。それにつれチョコも大きさが倍になって、価格は4・5倍と、もはや食玩とは言い難い贅沢品となっている。
キャラクターもシンプルで愛嬌のあるものではなくなり、騎士はどこかのアイドルや俳優に似た顔で女性ファン獲得を狙っているし、姫はロリにアダルト、巨乳に猫耳とヲタク好きのするラインナップだ。
それもこれも妻が身を引いたあと、2代目デザイナーが出世と金儲けのためにしたことだ。子ども達のことなんかこれっぽっちも考えていないのだろうし、売れさえすればオリジナリティなどどうでもいい、という考えが見え隠れして、今のチョコモンはどうにも好きになれなかった。
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