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さよなら
私は机に置かれた紙に署名・捺印をした。これが最後の仕事だ。
「チョコモンの実写映画化も、これで可能になる。よかったじゃないか」
あからさまな嫌味にチーフ・デザイナーが顔をしかめたが、気付かぬふりをしてやった。何でもかんでも北米やら中国やらで映画化すればいいという訳でもあるまいに。楽観主義者はきっと、成功した時のことしか考えられないのだ。
私はジャケットの胸を押さえ、「これでいい」と、つぶやいた。胸ポケットにはチョコモン発売時からのファンだという、ある障がいを持った男性が懸命に書いて送ってくれた手紙が入っていた。
『チョコモン大好きです』
その一文から始まる手紙は、『それでも今は、チョコモンがつまらなくなってしまった』と続いていた。ゲーム性が高まったせいで「誰でも遊べるゲーム」ではなくなり、大人の鑑賞に堪えるイラストは「想像力をかき立てる」ものではなくなってしまったのだ。
この手紙を見せると、妻は何も言わずにただ涙をこぼした。私はそのとき社長の職を辞し、会社を手放す決心をしたのだった。
「さよなら、モンスターたち」
会社の入っているオフィスビルを振り返って、私は口の中で声に出した。そこにいるのはもう、見知らぬモンスターばかりとなっていたが、それでもチョコモンたちに挨拶もなしでは気が済まなかったのだ。
もちろん、返事はなかった。
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