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印刷所から
私が倒れて入院した父の会社を継いだとき、残されていたのは印刷所と従業員、あとは借金だけだった。
「サラリーマンの方がいい」
父は本心からそう思っていたらしく、私の前で自分の仕事の話をしたことはなかったから、印刷のことは一から勉強しなければならなかった。それでも会社を継ぐことを選んだのは、出世コースでもないのに会社員を続けていくよりは、まだ借金返済の見込みがあると思えたからだ。
やっと仕事を覚えたころ、得意先の菓子メーカーから新商品の開発を持ちかけられた。いわゆる食品玩具、食玩というやつで、原価の安いチョコ菓子におまけのステッカーを付けて売ろうという話だった。付加価値の分だけ価格を上げられる仕組みだが、子ども達にしてみれば価値があるのは玩具やシールだけで、チョコは無くてもいいのだ。
ステッカーをおまけにするのも大手菓子メーカーの猿真似であり、ほんとうに子供騙しの商品と言えた。うちに仕事を持ってくるのはそれなりに小さなメーカーだから、商品の開発力不足は仕方なかった。それでも仕事をくれるのは有り難く、断ることなど考えもつかなかったが、儲けはこれっぽっちも期待していなかった。
メーカーの若手デザイナーが持ってきたイラストは案の定、どこかで見たような怪物と別のどこかで見たような美少女、なんちゃってRPGから飛び出してきたような戦闘服姿の青年だった。後で知ったのだが、「とにかく子供たちに人気のあるものに似せて描け」という、会社の指示があったそうだ。
「どこかで見たことが……でも、悪くない」
私の言葉に、彼女は張り切っていた頬をわずかに緩めた。
嘘はついていなかった。デザイナーとしての矜持がそうさせたのだろう。私が目にしたイラストは、たしかにどれも何かに似ていたが、それでも一点一点にたしかなオリジナリティがあったのだ。
初めのうち、製品は大して売れなかった。だからと言って、「利益が出ない」というほど売れなくもなかったので、製造は続いた。注文が継続するのはとても有り難いことだったので、私はメーカーのデザイナーと何度も打ち合わせをして、第2弾、第3弾とステッカーのバリエーションを増やしていった。もちろんメーカーから注文のない開発費用は出ないので、印刷代以外はボランティアの仕事だ。
思い返せばあの頃が、人生で一番、楽しい時期だったかもしれない。
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