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母親達が署名捺印し両家の契約を交わしたその紙には、冒頭からこう書かれていた。
『 婚前契約書 』
長谷川 光広 と 松浦 くるみ は、婚姻することに合意し、婚姻の届出をなすに際して、次のとおり契約を締結した。
一、本契約締結後遅滞なく、婚姻届を提出するものとする。
二、婚姻を継続するために貞操を守り、お互いを尊重し協力し合う。
三、現在の生活を継続し、婚姻から三年以内に第一子、五年以内に第二子を授かることが出来るよう、速やかに夫婦間のしかるべき性の営みに励むこと。
四、第二子を産後、金崎旅館に入り、夫 光広は経営、妻 くるみは若女将として従事し、くるみは若女将としての作法を学ぶものとする。
五、婚姻を継続しがたい事由として、次のものを離婚と認める。
* 本契約のいずれかに違反したとき
* 家庭内暴力、不貞行為等が発生したとき
以上、合意が真正に成立したことを証するため、各自署捺印し、各一通を所持するものとする。
と書かれ、今日の日付が記されていた。
「光広とくるみさんには、そこに自署捺印してもらうわ」
和香がそう言い、長谷川には和香が万年筆と判を出し、くるみに母親が万年筆と判を差し出す。くるみは母親の顔を見て、戸惑いながら万年筆を受け取り、長谷川に視線の向けジッと見つめた。
長谷川は真っ直ぐくるみの目を見て、意志を決めたように強い目をし、小さく頷く。くるみは長谷川に頷き返し、自身の署名部分にペンを走らせた。そして判を押し、ふと両家の契約の部分に目を向ける。
そこには、今、署名し捺印した事を後悔させるほどの内容が書かれていた。
内容は跡取に関するもので、長谷川とくるみの間に生まれた子供の行方についてだった。簡潔に言えばこうだ。
『 金崎旅館、松浦呉服店、両家の契約書 』
一、男児であれば金崎旅館の跡取として、女児であれば松浦呉服店の跡取として育て、両家を継がせていく。
二、第一子、第二子ともに同性であった場合は、順当に第一子を金崎旅館、第二子を松浦呉服店の跡取とし、第三子以降金崎旅館を優先に跡取として検討する。
三、もし第一子のみの場合、金崎旅館の跡取とし、次の跡取を待つ事とする。
四、もし子を成せなかった場合、金崎旅館、松浦呉服店、双方破綻とする。
五、いかなる時でも血縁を第一と考え、血縁のない者に跡取を継がせてはならない。
以上が、母親達が交わした両家の契約になっていた。
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