2人の新居

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くるみは旅館での重圧を思い出し、顔を強張らせカップを置いてうつむいた。 「婚前契約書って、俺が考えていた事と同じじゃないか」 長谷川はもう1枚紙を出し、テーブルに並べる。 「まぁ、内容はまるっきり逆なんだけど…」 その紙にはこう書かれていた。 『 婚前契約書 』 長谷川 光広 と婚姻することに合意し、婚姻の届出をなすに際して、次のとおり契約を締結した。 1、本契約締結後、意志を持って婚姻届を提出する。 2、婚姻の事実を示すため、お互いに尊重し協力し合い同居する。 3、婚姻から3年を以て、離婚する。 と言う内容だった。日付と自署捺印する場所がある。 「あ、婚前契約書…用意していたんだ…」 「あぁ、言っただろ。俺は結婚する気はないって……でも」 「そ、そうだったね。終わったら私達で契約を交わそうって言ってたもんね」 くるみは改めて長谷川に結婚の意志はないと見せられ言われて、泣き出しそうになるのを誤魔化す為、明るく話す。 「じゃ、ここに自署捺印すればいい?」 くるみは顔を上げて長谷川に微笑んで聞く。すると長谷川は自分で作成した『婚前契約書』を取り、くるみの目の前で破り捨てた。 「もう、これは必要ない」 「えっ…」 「こっちの婚前契約書に書かれている」 長谷川は和香が作成した『婚前契約書』の5項目めを指さし、言った。 「次のものを離婚と認める。そう書かれている。契約に違反した時、家庭内暴力、不貞行為等が発生した時は、離婚出来る」 「離婚……出来る…」 「まぁ、暴力や不貞行為っていうのはないにしても、契約を違反する事は簡単だ」 「えっ…」 「3年以内に第一子、これを破った時点で決まる」 「子供を作らないって事…?」 「…当然だろ。俺達は元々付き合っている訳でもなければ、結婚の意志もないんだ。ただ母親達が結婚させたいだけで、俺達の気持ちは関係ない。そんなものに付き合ってられるかよ」 「でも、じゃ、金崎旅館はどうなるの? 松浦呉服店は従業員も少ないし閉めても支障はないって思うけど、金崎旅館は違う。金崎グループなんだよ…」 「分かってるよ」 「ならっ」 長谷川が立ち上がり片手を伸ばして、くるみの顎をすくい上げ掴んだまま、顔を近づけて言った。 「じゃ、俺の子を産んでくれるのか?」 くるみの目を射抜くように真っ直ぐに見つめ、低い声で言い、その吐息が微かにくるみに触れる。くるみは目を逸らす事が出来ず、突然の事に驚き、長谷川のその言葉の意味に返す言葉が見つからなかった。
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