2人の新居

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「ふっ……冗談だ…」 そう言って手を離し笑った顔は、どこか悲しげにくるみには見えた。 「みつひ…」 「そうだ! 忘れない内に」 長谷川に声をかけたが、遮られてしまう。長谷川は自分の部屋に行き、紙を手に持って戻って来た。その紙をテーブルに開いて置き、くるみにペンを差し出す。 「婚姻届だ。これは出さなくちゃいけない。戸籍に残ってしまうけど、ごめん」 くるみは首を横に大きく振ってペンを受け取り、婚姻届の妻の欄を埋めた。夫の欄は既に埋まっている。 「月曜日の朝、俺が出して来るよ」 「えっ、じゃ、私も一緒に」 「いや、2人で仕事に遅れる訳にはいかない。くるみは先に仕事に行ってて」 「あ……うん…」 「俺は少し遅れて出社する。所長とマネージャーだけには、結婚の事を話しておく。社員には内密にしてもらっておくから、職場では今まで通り『松浦』で仕事して、俺の事も今まで通り呼んでくれればいい」 「……分かった」 「じゃ次は、ここでの生活の事だな。部屋はそれぞれある、今までの生活を続けてくれればいい。さっきも言った通り、家賃はいらないし、光熱費は俺が払う」 「うん…」 「帰宅時間や食事など、お互いの生活には干渉しない。だけど同じ家に住む上で、共有して使用するものは使用した後、清潔にしておこう」 「分かった…」 「必要なものがあれば買って来てもいいし、置いてくれてもいい。でも一応、夫婦だとしても契約上だ。男女で同居している事を理解して、置くものを考えてくれ」 「……うん」 「そんな感じかな。あっ、1つ言い忘れていた。たまに家の行事に呼ばれると思う。その時は悪いが一緒に来て欲しい」 「うん。もちろん」 くるみがそう返事をして長谷川を見つめる。長谷川は微笑み最後に言った。 「3年だ。3年俺と同居してくれればいい。そうすれば、また元の生活に戻れる。その為に仕事も生活も今まで通り、何も変える必要はない。俺達の関係も……今まで通りで…」 「……うん」 2人で話した後、くるみの自宅に長谷川と車で向かう。生活に必要なものをまとめ車に積み、引っ越しを始める。翌日もまとめた荷物を取りに行き、家電や家具はリサイクルに出し、大家に連絡をして部屋を解約した。 「また部屋を借りる時は、俺が全部揃えてやるよ」 車を運転しながら長谷川がそう言ったが、くるみは返事をする事も、頷く事もせず、ただ窓の外を眺めていた。 月曜日の朝、今までとはちょっと違う朝を迎え、くるみは仕事に行く準備を始める。長谷川はまだ起きて来ていなかった。いつものスーツを着て、いつもよりちょっと早めに家を出る。長谷川からもらった家のカードキーで鍵を閉め、最寄りの駅に向かう。 今までの家より少し距離が離れ、路線が変わった。これから家を出る時間も変わるが、電車で通えるならさほど問題はない。電車に揺られながらくるみは、今後の職場での事を考え心配していた。 (本当に今まで通り、光広と話せる自信がない…) プライベートの長谷川を知って、くるみは今まで以上に長谷川に惹かれていた。長谷川の優しさを知って、笑顔を見て、本当の長谷川を知った。どんな顔をしたらいいのか、分からなくなっていた。
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