顔合わせ食事会

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光広と松浦に課せられた内容は『婚姻したのち、3年以内に第一子、5年以内に第二子を授かるために夫婦の営みに励む』というもので、跡取を作る事が第一の目的とする『婚前契約書』だった。 (なんだよ…これ……これじゃ、松浦が…) 松浦が不安そうな表情で光広を見つめる。光広は自分達の『婚前契約』の事を考え、真っ直ぐ松浦の目を見つめ返し頷いて、自署捺印をする。 (大丈夫。俺の契約書で離婚は出来るから……) 自署捺印した後『 金崎旅館、松浦呉服店、両家の契約書 』と書かれた部分を目にした。内容は生まれた子の行方についてだ。その内容に光広自身、責任が重くのしかかる。 子を成せなければどうなるのか、どれだけ多くの犠牲が出るのか。分かっていたつもりではあったが、改めて契約の項目に書かれている事で、事の重要さを思い知らされていた。 (これじゃ、あまりにも重すぎる……俺でも……アイツは…) 光広が松浦を見つめると、ゆっくりと顔を上げた松浦は重圧に耐え切れず、目に涙を浮かべていた。 (だよな……ごめん…松浦…) 『顔合わせ食事会』を終え、早く松浦と2人で話したくて光広は車がある駐車場へ急ぎ足で向かう。しかし松浦は着物、つい我を忘れていた光広は足を緩めて必死について来ていた松浦に謝った。 すると、松浦が泣き出してしまう。 「ごめん……ちょっと、びっくり……しちゃった…っ……」 当然だ。無謀過ぎる。例え兄の敦広と今日のこの日を迎えていたとしても、一度だけ会った相手と20年ぶりに会って結婚する事自体、無理があるというのに、その上あの『婚前契約書』を結ばされているのだ。 泣いている松浦を抱き寄せ抱き締めて、光広は耳元で言った。 「松浦……ごめん…」 松浦に謝った意味は色々あった。明らかに光広側、金崎旅館側の圧力が大き過ぎる。子を作る前提で嫁がされ、付き合ってもいない男と夫婦となり体を重ね子を成せとは、あまりにも松浦の気持ちを考えていない。そしてそれが出来なかった時、金崎グループは破綻するのだ。光広が感じた何十倍、いや何百倍も、その小さな肩に重くのしかかっただろうと思っていた。 だがそれだけじゃない。光広は、旅館の部屋で入って来た松浦を見て思ってしまったのだ。 『政略結婚……相手は松浦 くるみ。相手が松浦なら……それでもいい』と。 母親同士で決めた政略結婚。そんなものする気もなかったし『婚前契約』をして3年で離婚するよう契約を交わそうと思っていた光広だった。だが相手が松浦なら話は別だ。光広は松浦にずっと想いを寄せていた。入社した時からずっとだ。 だから『婚前契約』で離婚し、松浦に交際を申し込み結婚したいと考えていたのだ。目の前に現れた松浦を見て、想いが叶うとさえ思ったが、それは光広だけの気持ちに過ぎない。今の松浦を見れば一目瞭然だ。 (松浦はこの結婚を望んではいない……重圧に押し潰されてしまう前に、手放さなければダメだ…) 一瞬でもこの政略結婚を望んでしまった自分を、光広を悔いていた。松浦の気持ちを考えていなかった事への、謝罪の言葉でもあった。
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