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《そうなの。元々、くるみが25歳になったら結婚させようと思っていたから、和香ちゃんが思い出して年賀ハガキを送ったみたいなの》
「で、でも、あっくんに彼女さんとか、お付き合いされてる人とかいるんじゃ」
《いないみたいよ。丁度くるみもいないし、顔合わせの食事会って事で話を進めているの》
「えっ、ちょっと待ってよ……そんな急に言われても、困るよ…」
《何? くるみ、好きな人でもいるの?》
「えっ…」
くるみは一瞬ドキッとして、脳裏によぎった顔を慌てて消し返事をする。
「べ、べつに、いないけど……」
《なら、そんなに困る事でもないでしょ。くるみも会いたくない?》
会いたくないと言えば嘘になる。久しぶりに会ってみたいとは思うが、会うと結婚の話が進んでしまうのではないかとくるみは感じていた。
旅行会社に就職して3年目に入り、仕事が楽しくなって来たくるみにとって、今、仕事を辞めて結婚するなど考えられなかった。何とか会わずにいられないものか、結婚自体を無くす事が出来ないかと、くるみは精一杯脳を使い考える。だけど母親の話はドンドン進む。
《20年ぶりに会うのだから、きちんと女性らしくしないといけないわね。話が長くなっちゃったけど、来月の25歳の誕生日を迎えた週末を予定しているから、金曜日にこっちに帰って来てね》
「えっ……ほんとに会うの…?」
《会うわよ。和香ちゃんの方も準備をしてくれているし、取りあえず会ってみなさい。いいわね》
そう言って母親は電話を切り、その後何度も念を押すように電話をかけて来た。くるみはしつこく『あっくん』に会わせようとしている母親に根負けし、取りあえず会ってみる事にした。結婚する気など微塵もない。だがそうまでして母親が言うのなら、一度本人と会ってくるみ自身が結婚についてきちんと話をしようと考えていた。
職場に着きロッカーに鞄を入れ、社員証を首にかけて身なりを確認し店頭へ出る。店の前や店内、窓口となるテーブルなど掃除し、壁に用意された旅行パンフレットの補充をする。
開店時間になりくるみは席に着き、パソコンを起動させおすすめプランなどを確認していた。
「ん…? どうした? 何か、暗くね?」
隣に座るくるみの同期でライバルの、長谷川 光広だ。
「うん、ちょっとね……あっ! 長谷川! 私、今日誕生日なの!」
くるみは母親からの電話で気持ちが落ち込んでいる事を、ライバルの長谷川に気づかれ、わざと明るく振舞う。
「ふーん、おめでと」
愛想もなく、全くと言っていいほど気持ちのこもっていない言葉が、くるみに返って来る。
「はぁっ……私の誕生日は、何と寂しい…」
「ふっ、ふふっ、25歳になったんだろ? 彼氏もいねぇのかよ」
「長谷川、それ、セクハラだから…」
くるみはギロリと長谷川をニラみ、脅すように言う。
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