プロローグ

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「わりぃ…つい、本音が」 悪びれる様子も無く、長谷川は自分のパソコン画面を見ながら言い、続けてくるみに尋ねる。 「何か欲しいものでもあんの?」 決して心がこもっているとは言えないが、誕生日だと聞いて何かプレゼントをくれようとしている長谷川の横顔を見つめ、くるみは少し考える。 (嘘っ、何かくれるの? 長谷川からプレゼントかぁ……) 長谷川 光広、25歳。 くるみの同期でライバル。営業成績はくるみといつも1位2位を競い合うほど優秀。くるみに対してライバルだからか、態度や話し方は素っ気なく少し冷たい。今は仕事が楽しく、彼女を作る気はないらしい。 「何でもいいの?」 くるみがそう訊き返すと、長谷川は顔だけをくるみの方に向けて言った。 「何が欲しい?」 少し目を細め、横目でチラリと見て言う長谷川を、くるみはジッと見つめる。 (くそぉ……カッコいいんだよなぁ……絶対っ本人には言わないけど……) 『トラベラー』の営業所は全国にあり、くるみがいる関東エリア25店舗の営業所の中でも、長谷川はイケメン営業マンとして有名。彼目当てで旅行予約を取りに来る女性客は多く、大半がリピーターになる。中には長谷川に添乗員として、同行するよう求める女性客がいるほどだ。 そんな長谷川にくるみは秘かに好意を寄せているが、それを悟られないよう、いつも強がり平静を装っている。 「うーん、やっぱいいや。あとで何か言われても困るし」 「何だよ、ほんと可愛げのない奴! そんなんじゃ、一生彼氏なんて出来ねぇぞ」 長谷川はそう言いながら、顔を自分のパソコンに戻す。くるみは長谷川の横顔を見つめて、ゆっくりうつむき呟く。 「いいもん……どうせ、私は…」 くるみは少し目に涙を滲ませそれ以上何も言わず、顔を上げてパソコンの画面に集中し仕事を再開した。 20年ぶりに政略結婚の相手と会う事など、長谷川に話せる訳がない。好意を寄せている相手だと言うのもあるが、くるみの実家が老舗呉服店だという事を営業所の上司ですら知らず、同僚や長谷川にも話していなかった。 (結婚なんてするつもりはないし……今さら他の男性となんて…) 25歳の誕生日を、長谷川に「おめでと」と言ってもらっただけで、他に祝ってもらえる予定もなく、くるみは寂しく家に帰る。帰りにスーパーで少し豪華なお惣菜をいくつか買ってショートケーキを1つ買い、見たかった映画のDVDを見ながら1人で過ごす。 それから3日後、くるみは仕事を終えて、その足で実家へ向かった。
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