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「あっ、夕食が運ばれて来たかもな」
長谷川はそう言って部屋の入口に向かい、ドアを開けた。カラカラと音を立て料理を乗せたキッチンワゴンが運び込まれ、男性スタッフはダイニングテーブルにセッティングし始める。
4脚あるダイニングチェアを向かい合わせで2脚にし、テーブルクロスをかけ、グラスやカトラリーを準備し、テーブルいっぱいに料理を並べる。
1人で手際よく夕食の用意をして、男性スタッフは一礼しキッチンワゴンを引いて部屋をあとにした。
「温かい内に食べようぜ」
長谷川がそう言って椅子に座る。くるみも向かい側に座り、2人は結婚して初めて夕食を一緒にした。ランチは一緒にした事はあっても、2人きりではなくお店での事。朝食や夕食は一緒にしないし、干渉しない事になっている。
長谷川がワインクーラーからボトルを抜き取り、オープナーで慣れた手つきで栓を開ける。ボトルを持ってくるみに尋ねた。
「くるみはお酒、飲めないのか? 式のお神酒でも、顔を赤くしてたけど」
「うん。お酒は飲めないの。ほんとに少しなら大丈夫だけど、すぐ顔が赤くなるの」
「そっか。じゃ、ワインはやめとくか」
長谷川は自分のグラスにワインを注ぐ。グラスに注がれる赤ワインを見て、くるみは言う。
「少しだけ……飲んでみてもいい?」
すると長谷川は優しく微笑んで「いいよ」と、くるみのグラスに少しだけ注いでくれた。2人でグラスを持ち、グラスの端をカチンと合わせ、同時にワインをひとくち含む。
口の中に広がるぶどうの香りと追いかけるように独特な樽の香り。長年寝かされじっくり発酵されたぶどうの味わいを感じ、ふわりと鼻に抜けるアルコールがくるみの意識をぐるんと回す。
「やっぱりダメだぁ……味は美味しいって分かるけど……酔う…」
「ふふっ、大丈夫か? いいよ。もう置いときな」
くるみは頷いて、料理に手を伸ばした。料理は肉料理になっていて、赤ワインとよく合っているのか、長谷川は赤ワインを1本空けてしまった。どの料理も美味しく、くるみもお腹がはち切れそうになるほど堪能した。
食事を終えて長谷川がフロントに電話をし、食後のデザートとコーヒーを注文すると、すぐに男性スタッフが部屋に運んで来た。ダイニングテーブルの食器を全て片づけ、デザートとコーヒーをテーブルに置いて部屋を出る。
2人でデザートを食べコーヒーを飲んでいると、長谷川が立ち上がり旅館の案内を持って話す。
「くるみ、さっき見たんだけどさ、映画のDVD見ない?」
「映画? 何があるの?」
「はい。俺はどれでもいいよ。くるみが見たいやつ見よう」
くるみは案内を受け取って、映画のタイトルを見て見たかった映画をリクエストした。2人はベッドの上に乗り、ヘッドボードに枕を当てそこに背中をもたれさせて座る。2人の距離は手のひら2つ分ほど。くるみの右側に長谷川が座っている。
テレビ画面はベッドと向かい合う壁にある。長谷川がリモコンを持ち、くるみがリクエストした映画を再生した。部屋の照明を小さな間接照明だけにして、薄暗くする。映画が始まると、2人は映画に集中し始めた。
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