プロローグ

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くるみが実家に帰ると、母親から店に呼ばれ店内にある畳が敷かれた場所へ上がった。母親が用意した数点の着物を、くるみの肩に羽織らせ着物を選ぶ。 店内はズラリと着物が並べてあり、華やかで眩しくとても綺麗。だけど下の方に表示された値段を見ると、思わず二度見してしまう。帯や小物なども数多く取り揃えてあり、店内は高級なものばかり。 「これがいいかしら? うーん、こっち? それとも…」 くるみの肩に両親が次から次へと着物を羽織らせ、母親が首を傾げる。くるみがふと選んでいる着物に目をやると、どの着物も全て『総絞り』の着物で、百万円を超す物ばかり。 「お母さん! 総絞りって……こんなの着て行くの?」 くるみはとっさに顔を上げ、着物に化粧がつかないようにした。 「当たり前でしょ! 呉服店の娘が、みすぼらしい姿で行ける訳ないでしょ!」 「そ、そうだけど……総絞りじゃなくても、いいんじゃ…」 「何言ってるの! ウチにある着物で一番いい着物でないと、ダメよ!」 母親の言い分も分かるが、気合の入れ方は半端ではなく、くるみは終始圧倒されていた。着物を決めると、今度は着物に合う帯や小物をまるで着せ替え人形のように、言われるがまま手に持ったり草履(ぞうり)を履いたりして決める。 最後に髪飾りを決めて、店の裏にある実家の自室に入ると、どっと疲れて床にへたり込んだ。 (明日……あれを着て、動けるのかな……) 翌日、朝早くから準備に取り掛かり、両親に化粧や髪型までトータルコーディネートされ、椅子に座らされた。 「お母さんが準備出来るまで待っててね」 「うん…」 しばらくすると母親も用意が出来、くるみとともに家を出る。当然、母親もいい着物を着ている。父親が運転する車で金崎旅館へ向かった。 車が旅館の駐車場に着き、母親とくるみは車を降りる。 「じゃ、また迎えお願いね」 「うん、行ってらっしゃい。くるみ、綺麗だよ」 父親が笑顔で母親に答えた後、くるみに優しく声をかけた。 「ありがとう、お父さん」 母親に連れられくるみは旅館の中に入る。いつもより半歩小さく歩き、慣れない着物で母親のあとをついて行く。中に進むにつれ、くるみは緊張し始めていた。 20年前に一度来たらしい金崎旅館。まだ5歳だったくるみは、旅館の事など憶えておらず、広い庭園と池の鯉の事しか記憶にない。『あっくん』がどう成長しているのか、くるみを見てどんな顔をするのか、気になり始めたら急に帰りたくなって来た。 (昨日、久しぶりに写真を見たけど……あっくんもまだ8歳なんだよなぁ…) 緊張で指の先まで冷たくなって来た時、母親がくるみに声をかける。 「くるみ、着いたわよ」 立ち止まった(ふすま)の前、案内人の女性が襖のそばに腰を下ろし、中に声をかける。 「失礼致します」 「どうぞ」 中から女性の声が返って来て、案内人の女性がそっと襖を開けた。
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