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「いえ、こちらこそ、お客様に声を上げてしまい申し訳ありません」
「いや、こっちが悪かったよ」
長谷川は顔を上げ、店内にいた客にも謝罪をし、その場はおさまった。2人の男性客はくるみが提案したプランを予約して、くるみにもう一度謝り帰って行った。
店内の客がいなくなり落ち着いた頃、加藤や店頭裏で休憩していた社員達がくるみと長谷川の元に集まり、騒動の事や長谷川の態度に対して根掘り葉掘りと訊いて来た。
「最近仲良かったけど、やっぱりそういう事?」
「お前ら付き合ってんのか?」
「犬猿の仲って言われていたのに、結局、美男美女でおさまるのかぁ…」
(やっぱり……こうなったか…)
くるみと長谷川の予定では、年明けに付き合い始めたという事にするつもりでいたのだが、思わぬ事態に長谷川が抑えきれず、皆にバレてしまったのだった。
その日の夜。キッチンで夕食の準備をしているくるみに、いつものように背後から「ただいま」と長谷川が抱き着き、くるみの顔を横に向かせてキスをする。ぎゅっと抱き締めて耳元で言った。
「今日はごめん。くるみが冷静に対応してたのに……我慢出来なかったんだ…」
「うん。かばってくれたのは嬉しかったよ。でも他のお客さんもいて、目の前のお客様を威圧するのは…ちょっとなぁ…」
「はぁぁ……ごめん。ほんと、ごめん!」
「ふっ、ふふっ……ううん。ありがと、嬉しかったよ。ほんとはいつでも冷静に対応しなくちゃいけないけど、お客様も「悪かった」って謝ってくれたし、予約も取れたしよかったよ」
「あぁ……もう1人の男性がいい人でよかったぁ…」
「そうだね」
「でもさ、今日思ったんだけど……もしかして、くるみってずっとこんな想いをしていたのか? って思ったんだけど…」
「えっ…」
「俺が女性客に色々言われたり、誘われたりしているの知ってるだろ? 聞こえるよな?」
「うん。そりゃ、また誘われてるって……ずっと思っていたし、今だって…」
くるみが少しスネたように口を尖らせて言う。長谷川の腕がぎゅっと締まり、強くくるみを抱き締めた。
「ごめんな。そっか、そうだよな…」
「でも、光広はいつも冷静に軽くかわしてるもんね。凄いなって思う」
「そりゃ……他の女性に興味はねぇし、客としてしか見た事ないからな」
(サラッと言っちゃうんだよなぁ……私が嬉しい事…)
くるみは顔を赤らめて少しうつむく。
「ん…? ちょっと赤くなった。ふふっ、照れた?」
「えっ、う、ううん。全然!」
「うっそだぁー。正直に言ってみな。今、嬉しかった? 照れた? 俺はくるみしか興味ねぇよ。分かってるよな?」
くるみを後ろから抱き締めて、そのまま長谷川がくるみを左右に振り回しながら言う。
「う、うん。分かってる、分かってるから、振り回すのやめ…て……酔う…」
「ふふふっ。可愛いなぁ…くるみ…」
「あ、ありがと……」
まだまだ新婚真っ只中。職場での2人の距離も近づき少し楽になりそうな予感。社員達にはバレてしまったが、長谷川を目当てにしているリピーターの女性客を逃す訳にはいかない。なるべく女性客には分からないようにしなければならない。その夜遅くまで、今日のような事がないよう、くるみと長谷川は話し合いをした。
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