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ゆっくりと襖が開かれ、くるみに今日一番の緊張が走る。母親の背後で顔を強張らせ少しうつむくと、視線の先に畳が見えた。母親が先に部屋へ入り、少し入った所で立ち止まって挨拶をする。
「お待たせしてごめんなさい。和香ちゃん、お久しぶり」
「いいえ、映子ちゃん、久しぶりね」
くるみは部屋の外で母親が呼ぶのを待っていた。ほどなく母親がくるみに声をかける。
「入って来なさい」
その声を聞いてくるみは視線を下げたまま、ゆっくりと部屋に入る。うつむき加減のまま少し相手の方に体を向け、お辞儀をして挨拶をした。
「大変ご無沙汰しております。くるみです。お変わりありま…せん……か」
くるみがゆっくりと顔を上げた瞬間、奥に座っている男性と視線がぶつかり息をのむ。瞬きを忘れ見つめ合い、息を止めたまま、次第に周りの音が消えていく。2人だけの空間にいるような感覚で、お互い目を逸らす事が出来ずにいた。
「み……くるみっ…くるみ!」
母親に呼ばれ肩を叩かれて、くるみはハッと我に返る。
「ほらっ、そんな所に立ってないで、こっちに来て座りなさい」
「あ、でも…」
くるみはチラリと男性を見て母親の隣に進み、男性の向かい側に母親から教えられた通りの所作で正座する。だがくるみは顔を上げる事が出来ずうつむいたまま、今にも飛び出しそうな心臓を静めるのに必死だった。
何とか気持ちを静めようと、くるみは視線を右に向ける。広く美しい庭園が見え、少し気持ちが和らぐ。母親達が案内人の女性と話している声が聞こえ視線を戻すと、大きなテーブルに豪華な料理が所狭しと並べられていた。そしてゆっくりと視線を上げる。
くるみの目の前に座っていたのは、長谷川 光広だった。
いつも隣で見る長谷川とは違い、髪型からスーツに至るまでいつもより数倍もカッコよくなっている。まるで別人だ。
でもなぜ長谷川が? という疑問がくるみの脳裏に浮かぶ。金崎旅館の跡取のはずが、名字は長谷川。『あっくん』と呼ばれていた男の子は、くるみより3つ上だったはずだ。
(『あっくん』と言うより『みっくん』だよなぁ…)
そう思いながら長谷川の顔を見ると、「なんで?」と長谷川の口が動く。
(いや、こっちのセリフだからっ! そんな事よりも、長谷川は……結婚するつもりだったの?)
くるみは複雑な心境にいた。好意を寄せている長谷川が、結婚を考えていた事に場違いなショックを受けていた。長谷川の驚き方からして、まず間違いなく『顔合わせ』の相手はくるみではなかったはずだ。だとすれば、別の女性と結婚するつもりだったという事になる。
くるみが少し涙ぐみながら考えていると、長谷川の母親である和香が話し始めた。
「ほんとに久しぶりね。くるみちゃん、美人になられてすっかり大人の女性ね。着物がすごく似合ってる。綺麗ねぇ…」
「い、いえそんなこと……ありがとうございます」
くるみは緊張しながら微笑み、軽く頭を下げて礼を言った。
「くるみちゃんが綺麗だから、光広も見惚れちゃって。ふふふっ」
「あっ、いや、うん……綺麗だね…」
目を大きく見開きくるみは驚く。長谷川が今までくるみに見せた事のない笑顔で褒めたのだ。衝撃で後ろに倒れそうになるくるみをよそに、母親が和香に尋ねた。
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