プロローグ

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手を繋ぎくるみの歩幅に合わせて長谷川はゆっくりと歩く。大きな池が見えその手前で足を止めて、並んで池を眺めた。色鮮やかな錦鯉が優雅に泳いでいる。くるみは繋いだ手を離そうとしたが、長谷川がぎゅっと握り小声で言った。 「まだ離すなよ。つまづいて倒れたりしたらどうするんだ。それ、総絞りだろ」 とっさに長谷川の顔を見る。長谷川がくるみの方を向き、微笑んで続ける。 「綺麗じゃん。着物、似合うんだな」 いつもとは違う長谷川の態度に動揺し、褒められる事に慣れていないくるみは、顔を火照らせ頬を赤く染めた。そして強がりはやめ、素直に思った事を口にする。 「あ、ありがとう。長谷川だって、カッコいいよ。別人みたい」 くるみが微笑んでそう言うと、長谷川は少し驚いたように眉を上げ、すぐに優しい目をして言った。 「確かに、いつもとはちょっと違うな。お前も…」 「うん…」 そこで会話が途切れて、また2人で池の鯉を眺めていると、長谷川が沈黙を破り話し始める。 「色々訊きたい事はお互いにあると思う。だけど今一番重要な事を、訊いてもいいか?」 「何…?」 「松浦、この結婚をどう考えているんだ?」 「どうって?」 「政略結婚だろ? 兄貴とは一度会っているのかも知れないけど、俺とは初対面って事になってる。そんな結婚でいいのか?」 くるみはうつむいて少し考え、今度はくるみから長谷川に尋ねる。 「長谷川は? お母様から今日の話を聞いて、ここに来たんでしょ。ここに来たって事は、結婚するつもりで来たんじゃないの? 相手は私じゃない他の誰かと…」 「俺は……」 長谷川がくるみの手を引き母親達を背にして、今、手を引いたその手を背中に回しくるみの肩を軽く抱いて耳元で囁く。 「俺は、結婚する気はない」 「えっ…」 「ただ母親達を納得させるには、この結婚を成立させなければならない」 「どういう事? どうするの?」 「結婚する意志はあると見せて、その事実も必要となる。そうでないと、偽装(ぎそう)結婚として犯罪になるからだ。犯罪にならないようにする為には、松浦、お前の協力が必要なんだ」 「協力?」 「率直に言う。俺と婚姻して、2年もしくは3年で離婚して欲しい」 くるみにとってそれは嬉しくもあり、悲しくもある言葉だった。ひと時でも好意を寄せた長谷川と戸籍上夫婦になるのだ。だがその先は短く、終わりがある婚姻。 結婚する気など微塵もなかったくるみは『あっくん』に会って、結婚をする気はないと話すつもりでいた。それは長谷川に好意を持ち、想いがあるからだ。だけどいざ、この場所に来てみれば、結婚相手としてくるみの前に現れたのは、想いを寄せる長谷川だった。 長谷川を前にし、改めて結婚の事を考えた時、例え政略結婚だとしても構わないとくるみは思っていた。長谷川がくるみをどう思っているかは関係なく、ただ長谷川のそばにいられる、それだけでいいとくるみは思ったのだ。
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