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「ん? 松浦? どうした?」
くるみが静かにショックを受け、胸を締めつけられ打ちのめされてうつむいていると、長谷川が少し屈みくるみの顔を覗き込む。
涙が滲んでいる目で長谷川と目が合い、くるみは慌てていつものくるみに戻りニヤリと笑顔を見せて言った。
「なるほど、そういう事か。分かった。私も結婚する気はなかったし、それでお母さん達を納得させられるなら協力するわ」
「ふっ、そっか。助かるよ。じゃこれが終わったら、俺達の『婚前契約』を交わそう」
「婚前契約?」
「そう。結婚する前に婚姻生活の事で契約を結んで、結婚するんだ。聞いた事あるだろ? 契約結婚ってやつ」
「契約結婚……」
「この結婚は政略結婚でもあり、俺との契約結婚でもあるという事だ」
(どちらにしても、私と長谷川は紙の上での夫婦で、終わりがある…)
「分かった…」
「じゃこの後、2人になれるよう俺が話をする」
くるみはコクリと頷いた。
2人で話を終えて、長谷川がくるみの手を繋ぎ母親達の元へ戻る。庭から長谷川の助けを借りて縁側へ上がり2人で部屋に戻ると、テーブルにあった料理の器は片づけられ、テーブルの中央に四角い黒のお盆が置かれていた。そこには2通の白い封筒が乗っている。
「さぁ、あなた達も座って」
和香がくるみと長谷川に声をかけ、2人はそれぞれ元の場所に腰を下ろす。そして、和香が話し始めた。
「光広とくるみさんは、どうやら仲良くしていけそうね」
くるみと長谷川は見つめ合い、微笑み合う。
「では、今後の金崎旅館と松浦呉服店の跡取問題について話します。光広、くるみさん、1通ずつ封筒を取って、中のものを広げて」
なんだか物々しい雰囲気が漂い始め、くるみと長谷川は予期せぬ事に恐る恐る、お盆の上にある封筒を取る。封筒を取ると、真っ黒の漆に金の蒔絵が施され、美しい絵が見えた。
2人は封筒を開け、中に入っている紙を開いて見る。紙は横長に伸び、縦書きで書かれてあった。
「今から説明するから、紙をテーブルに置いて」
2人は言われた通りに紙をテーブルに置き、書かれている内容を目で追う。
「金崎家と松浦家、両家の契約と、この結婚に関しての契約を交わします。最後の方を見てもらったら分かる通り、両家の契約は先ほど私達で交わしました。あとは、光広とくるみさんだけです」
和香の話を聞き、くるみは右から左へ視線を移す。そこにははっきりと、金崎旅館の名と女将の和香の名、長谷川 和香と書かれてあり印が押されている。その横に、松浦呉服店、松浦 映子と書かれ印が押されていた。
それを見たくるみは顔を上げ、長谷川の顔を見る。焦った顔で長谷川も顔を上げ、くるみを見た。2人は青ざめた顔で見つめ合い、さっき話していた話が簡単なものではないと知った。
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