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「ねえ、君ってキスしたことってないでしょ」
唐突な先輩の質問に動揺し、運んでいた段ボール箱を落とした。段ボール箱から数冊のノートが飛び出した。
「あーあ、店長に怒られちゃうよ」
「せ、先輩がいきなり声かけるからですよ」
僕の一年先輩。
面倒見がよく、日頃から彼女にはお世話になっている。
「声をかけられたから動揺したっていうより、他のことに動揺してた気もするけど、気のせいかな」
「き、気のせいに決まってますよ」
いつものように先輩は僕をからかってくる。
嫌なわけじゃないけど、ここまでからかわれると恥ずかしい。
赤面しながら、段ボール箱から飛び出したノートを拾い、段ボール箱の中へと戻していく。
そんな僕を横目に、先輩は僕の耳元に口を近づける。
「私がしてあげよっか」
動揺し、ノートが手から落ちた。
そんな僕を見て、先輩は相変わらず小悪魔のように笑っている。
「あれれ、また動揺してるのかな?今度は何で動揺したの?」
「べ、別に……」
耳まで熱くなっているのを感じる。
「君ってやっぱり正直者だね。心の声が駄々漏れだよ」
いつもこうやってからかってくる。だから先輩は、嫌い……ってわけじゃないけど……けど……、
なんだろう、この気持ちは。
心の中にモヤモヤとした感情が浮かび上がって、少しだけ変な感情を感じている自分がいる。
別にこの感情は好きってわけじゃ……
というか、先輩はキスをしたことってあるのだろうか。
少しだけ気になる。
「先輩はキスしたことってあるんですか」
「私か、そうだな。じゃあ目瞑ってて」
「は、はい」
目をゆっくりと閉じる。
次の瞬間、頬にこれまで味わったことのない不思議な感覚が伝わった。
「え……?」
目を開いた時、先輩は僕の耳元に口を近づけていた。
「一回だけあるよ。頬に、だけど」
「頬……」
僕は思わず自分の頬を押さえていた。
さっき感じた感触は一体何だったのか。その答えを貰う前に、先輩はレジの方へ行ってしまった。
「ま、まさか……まさかね……」
いつも通りのバイトの日々。
だけど今日だけは、いつもより少しだけ気分が晴れやかだった。
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