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「恵莉を、苦しめているのはお前だったのか」
「聞いてくれ、」
あれは、幻影だ、そう叫ぼうとしたがいきなりエリーが、獣のような吠え声をあげ、彼に突進した。
強烈な右フックがあごに入り、サンライズはふっ飛んだ。眼鏡が割れて、エリーのこぶしを切った。
「殺してやる」
『コロシテ、ぱぱ』
エリーはめちゃくちゃに殴りかかってきた。攻撃がやみくもなのをいいことにサンライズ、這いながら少しずつ部屋の隅に逃げた。
「待ってくれ」
憎悪の渦と轟音は、とどまる所を知らない。感情のあまりの激しさに、サンライズ自身の感性も振り切れる寸前だった。
「エリー、恵莉、待て」
まぎらわしいことこの上ない。
どちらかに『力』が使えないものか。
はいつくばったサンライズの首に、エリーの腕が回された。ぐいぐいと締め付けてくる。目が飛び出しそうだ。
「死ね」
とっさに、すぐそばにきていた腕におもいきり噛みつく。エリーはぎゃあっと叫んで手を離した。
向かいあったところに、今度は会心のアッパーカット。エリーがふっ飛んだ。
『コロセ』
しわがれた声がまだ頭の中で絶叫している。頭がグラグラする。
エリーがサバイバルナイフを出した。握っている腕からは、血がにじんでいる。シャツが破れており歯型が少し見えた。
―― ざまあみろ。オレが死んでも歯型は残る。
サンライズは背中にまわした腕をゆっくりと出した。
「ナイフを捨てろ」
隠していた銃を構える。
「武器、今日も持ってたんだな」
エリー、それでもナイフを離さない。
「ちゃんと身体検査しなかったからだ」
ぴたりと、彼の胸をねらう。
「捨てろ」
『コロセコロセコロセコロセコロセコロ』
「うるさい」サンライズが怒鳴った。頭の声はぴたっと止んだ。
しばらくは、ぜいぜいと荒い二人の息の音だけが響いていた。
サンライズは口をぬぐう。
口の中を噛んだのだろうか、血がついた。
銃をかまえたまま彼に近づく。
エリーのナイフを取り、折りたたんで部屋の向こうに投げた。が、わずかなスキに銃を持つ手を下から蹴られた。辛うじて落とさずに済む。しかし今度は両手で上からつかまれた。持っている銃を引きはがそうと、エリーは中指から小指を両手でぐいぐいと後ろに折り曲げている。彼はたまらなくなって銃を手から離した。相手はそれをベッドの下に蹴り込んだ。
ベッドの上の少女がびくんとこちらに寝返った。
ぎょっとした顔で立ちすくむエリー、そのすきに腹に一発食らわせる、念のためもう一発。
倒れ伏したエリーをようやく引き起こした。すでに抵抗する気はないのか、彼はされるがままになっていた。
サンライズは、自分のネクタイを片手で器用にほどくと、彼を後ろ手に縛った。
息を切らしながらも、何とかサンライズは声を出した。
「エリー、娘をオレに、まかせてくれるか」
「……」
「しばらく、ジャマするな」
そう言い捨てて、そばにあったガーゼタオルとつないで足をも束縛し、彼を床に転がし、今度はベッドの上に目をやった。
すっかり上掛けが落ちて、彼女の姿が足の先まで現れていた。弱々しい体、そして猛々しい憎悪のオーラ。目はこちらを見ていないが、心の目はしっかと彼を串刺しにしていた。
こんな場面をどこかで見たかも、ちらっと余計なことが頭をかすめる。映画だったか。
―― 今は思い出さないほうがいいかもしれないぞ。
集中しなければ。
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