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08 対話
「エリちゃん、聞いてくれ」
サンライズは少女の心に語りかけた。
遠くを向いていた瞳が、ぎょろりと回転した。
「人を憎むな。憎んでも何も生まれない」
『コロセ』
がん、と殴られたような衝撃がはしる。また口の中を切った。
「エリ、頼む、話を聞いてくれ」
『コロセ』
また殴られたような衝撃。気のせいか、少し力が弱くなってきた。
『コロシテヤル』
断固とした言い方だったが、力はなかった。
「誰がそんなことを言ったんだ」
『ぱぱ』
―― パパは、エリがこんな姿になってしまったと泣いた。毎日、毎晩泣いていた。
犯人を憎むと言った。
殺してやる。
絶対に見つけて、つかまえて、コロシテヤル。
毎日毎晩、エリの枕元でつぶやいていたのだそうだ。
エリはパパのことが大好きだった。
それに、ママがいなくなっちゃっても、パパだけはいつも、エリを守ってくれると約束した。
「その子は」
エリーがベッドの足もとに転がされたまま言った。
「頭の手術の時、金属製のクリップを入れた。それから……『話せる』ようになった、心の中に」
昔からエリとパパは仲がよかった。
お互いが相手の考えていることがわかる、そんなことってよくあるよねぇ、ってよく話していた。
エリが玉子焼き食べたい! って思うと、必ずお弁当には玉子焼きが入っている。エリ、困ったことあるみたいだね、ってパパが言うとそうなの、同じすみれ組のよっちゃんがいじわるばかりするの、ってお話しする。
パパがお仕事から帰ってきていつもみたいに「ただいま」って元気よく言っても、エリはすぐ、パパ疲れてるねって判る。
二人はいつも、そうだったの。
「仕事の話は、したのか」
確かエリーは15年近く殺人を請け負っていたはずだ。
「困ってる人を助ける仕事だと言ってた」
おおいなる皮肉だ。
「事故で金属を入れてから、急に直接、恵莉の声が聞こえるようになった。恵莉はしゃべれないはずなのに。最初はぎょっとした。とうとう気でもふれたのか、って。でも急に気がついたよ、天がボクたちに回線をつないでくれたんだ、ってね。
元々、ボクには何かあったんだと思う。幼い頃から、まわりの人が感じていることがかすかに聴こえたことがあったしね」
「娘さんの心の声は」
「聴こえなかったよ、事故の前までは。でもね」
エリーは初めて、父親の顔をして笑った。
「赤ん坊の頃から二人っきりだ。子どもが何を考えてるかなんて……よく見てればたぶん、わかるさ」
我が娘まどかの心についてはよく判ってないサンライズは、あいまいにうなずいた。
「でも本当は、怖かったのかもしれない」
エリーは天井をみたままつぶやいた。
「もしも、仕事のことが恵莉に判ってしまったら」
だから、わざと心を閉ざしていたのだという。
それでもやはり親子は繋がっていたのだ。
父の憎しみはいつの間にか、寝たきりの娘に乗り移った。そして娘の中で増幅していった。
そしてまた、膨らんだ憎悪が父に返っていく。
「仕事は、いつまでもやめられない。治療費を稼がなくてはならないし、ボクには他にできることがない」
仕事では、憎しみなしに人を殺すことができる。なのに、くつろげるはずの家では逆に、憎悪の渦にもみくちゃにされる。
どうしたらいいのか、途方にくれていた。
そこに、サンライズをみつけた。そして、彼の力を知った。
『ぱぱ、コロシテ、ソイツヲ』
心の中に恵莉がつぶやいた。それはすでに沼の中に浮かぶ小さな泡のようだった。
「ねえ、エリちゃん」
サンライズは、彼女の額に手をあてた。
精巧なガラス細工に触れるように慎重に。
「こっちを向いて、そうだ」
彼女の横に、更に慎重に寝転ぶ。
体中がきしむ。それでも何とか我慢して声を出す。
「おじさんに、ひとつことばをくれないか?」
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