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―― ことば? 何? それ。
恵莉がいつの間にか、彼の目の前に立っていた。
自分の足で。
幻影のあまりの鮮やかさに、サンライズは何度か目をしばたかせる。
大きな目に意志の強そうな眉、父にそっくりな整った顔だ。普通に成長していればちょうどこんな感じなのだろう。
自分の夢の中だろうか、それとも相手の夢?
それとも、自分の力はここまでできるのか、いや、これはエリーの持つ能力から来ているのか。
考える暇も惜しい、彼はまた目の前の少女に集中して、語りかける。
「エリちゃんの頭の中に、イヤな気持ちがぐるぐる回っているだろう」
―― うん。
「おじさんは、そのぐるぐるを止めることができるんだ」
―― ホントに?
「そして、ざあっと、洗い流してしまう」
ねえパパ、そうだよね? とサンライズはベッド下に声をかける。
エリーは黙っていた。
でもサンライズには彼の心の声がきこえた。多分、エリから反響して聞こえるのだろう。
「そうだよ、恵莉、その人を信じるんだ」
―― わかった。
エリはね、パパにないしょにしていたことがあるんだ。
ほんとはね、ペットが飼いたいんだ。
わかるよ、アパートだから無理でしょ。それにパパはペットって言うと
「でもすぐ死んでしまうからねえ」
と渋い顔をする。でもね、友だちのユキちゃんちには、チワワがいるし、サッちゃんもこないだ、ネコもらったんだって。
エリね、飼うとしたら犬も好きだけど、一番好きなのは、ウサギ。
だってふわふわして、かわいいんだもん。
「知らなかった」
エリーの目から、涙が落ちた。
「……全然、知らなかった」
サンライズは意識を集中する。そうか、ウサギだったんだ。
「エリちゃん、ふたりでここに、ウサギを呼ぼう」
「どうやって?」
「ぎゅっと目をつぶって、そう、それから、心の中で、ウサギをイメージするんだ、どんなのがいい?」
「小さいの、それから、茶色! 目がまん丸くて、黒いの、それから……」
向かい合うふたりの足元に、淡い光の粒がうまれた。
光は少しずつ大きく丸くなって、形になってきた……小さなウサギの姿に。
ようやく形になったものをサンライズは抱き上げ、胸元に抱いて恵莉の前に進む。
「エリちゃん、ほら、ウサギだよ」
薄茶色の、ふわふわした毛。つぶらな黒い瞳。
耳の形が丸っこい。鼻がぴくぴくしているが、とてもおとなしい。
―― わあかわいい。だっこしていい?
「いいよ、そっとだよ」
―― うん。
「今日から、エリちゃんがお世話するんだよ」
―― え、いいの? くれるの?
「だいじにしてくれる?」
―― うん、たいせつにそだてる。でもこれ本物じゃ、ないよね?
「うん。でも今度家に帰ったら、ちゃんと本物のウサギを用意しておくよ」
―― わぁい、やった。ありがとう。
目の前の恵莉はまっすぐすんなりとした足で立ち、細い腕にウサギを抱え、満面の笑みを浮かべていた。
しかし兎を見ながら、こう訊ねた。
「ねえ、おじさん。
ウサギはいつか、死んでしまうんでしょ?
それから、ニンゲンも」
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