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居間のソファに座り、エリーはひじに片手を添えて、綿をはさんだピンセットを彼の顔に近づける。
「沁みるかも」
「あつっ」
サンライズが払いのけようとするが、エリーはすぐに手をひっこめた。
「済んだよ、次は右手、包帯の前に副木あてよう」
かいがいしく、右手の中指から小指までに新聞紙を小さくたたんだものを当てて、上から包帯で固定していく。
「まるでなんかの仏像みたいな手だな」
自分で巻いておいて、エリーはそんなことを言った。
サンライズはきっちり巻かれている手を、目の前にかざしてみた。
「ミロクボサツかな」
「キミのところの組織の名前みたいだ」
「あったな、そんな組織も」
今度はサンライズが、エリーの腕を消毒する。
「それにしても、どうしてミロクが武器を使ったんだ」
「銃は撃ってない」
「噛まれたし」
「他人を噛んだのは、幼稚園以来かな」
「それに殴った」
「オマエも殴ったけど、もう言わないでやるよ。しかもオレはもう今日はタイムカード押して来たんだ。仕事じゃない。たまには暴れたいこともあるさ」
ふん、とエリーは鼻をならす。
しばしの沈黙ののち、サンライズが口を開いた。
「カスガのことは、必ず守ってくれるだろうな」
「キミとの契約は守る。カスガはもうターゲットにしない」
「誰が狙っていたかも、教えてくれるね」
「ああ……でも今夜はもう十分だろう?」
疼いてきたらしく、エリーはあごを押さえた。
「アイツはいい友だちがあってよかった。長生きするぞ」
少し黙っていたが、サンライズは包帯を見ながら話した。
「ヤツはHIVに感染してる。知ってたか?」
エリーは少し身を起こした。
「いや。直接触れずに殺れ、としか聞いてなかった」
「今、数値的にギリギリだそうだ。優秀な工作員だったけど、今デスクワークなのは、そのせいだ。カイシャでも数人しか知らない」
「ふうん」
エリーは、じっと遠い目をしたまま言った。
「誰だっていつかは死ぬからね……まあ、よろしく言っといてくれ」
「あの銃は、持って帰ってくれよ」
エリーが言うので、もちろん、とサンライズは立ち上がった。
「落としていったら、クビになる」
銃を拾い上げた時も、恵莉はすやすやと眠っていた。
手の先がちょこんと出ている。指がかすかに動いて、唇にかすかな頬笑みがうかぶ。ウサギの夢でもみているのだろうか。
居間のエリーに声をかけた。
「もう帰るよ」
「送っていかないよ」
エリーは、ソファから立ち上がらなかった。
「いろいろ支度があるから」
「何の?」
「引越しの」
エリーはじっとサンライズをみた。
「明日、自首する」
家に帰るまでずっと、ミロクボサツみたいな手を電車の客にじろじろ見られていた。
それとも、顔が腫れてるのがひどいのか。のども腫れているようにズキズキする。
それでも、久々にすっきりした。
たまには、殴ってやらないと(誰をだよ)。
帰る途中でようやく思い出して、カイシャに電話を入れた。
だんだんと絶滅しかかっているらしい公衆電話を探して、ようやく見つけた。
人差指と親指だけだと電話は使いにくいな。ようやく支部の総務につながった。
やっぱり、大騒ぎだった。バンザイの聞こえる中、春日ががなりたてていた。
「連絡遅すぎだ、バカ! それになんでオマエ、横浜アリーナなんか入ってたんだよ、しかもパンクロック。捜すのにタイヘンだったんだぞ」
「もっとパンクな目にあったよ、報告は明日」
あ、ハルさん、エリーがよろしくってさ、と伝えてからさっさと電話を切って、家路についた。
電話も通じずに、早く帰るよって言ってたのにこの時間、いきなりこの格好で帰れば、奥さんは何というだろうか。
その前に、玄関を開けてくれるのだろうか。
「ミホトケのままに、だな」
自分の手をじっくりながめてから、覚悟を決めて歩きだした。
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