08 対話

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 居間のソファに座り、エリーはひじに片手を添えて、綿をはさんだピンセットを彼の顔に近づける。 「沁みるかも」 「あつっ」  サンライズが払いのけようとするが、エリーはすぐに手をひっこめた。 「済んだよ、次は右手、包帯の前に副木あてよう」  かいがいしく、右手の中指から小指までに新聞紙を小さくたたんだものを当てて、上から包帯で固定していく。 「まるでなんかの仏像みたいな手だな」  自分で巻いておいて、エリーはそんなことを言った。  サンライズはきっちり巻かれている手を、目の前にかざしてみた。 「ミロクボサツかな」 「キミのところの組織の名前みたいだ」 「あったな、そんな組織も」  今度はサンライズが、エリーの腕を消毒する。 「それにしても、どうしてミロクが武器を使ったんだ」 「銃は撃ってない」 「噛まれたし」 「他人を噛んだのは、幼稚園以来かな」 「それに殴った」 「オマエも殴ったけど、もう言わないでやるよ。しかもオレはもう今日はタイムカード押して来たんだ。仕事じゃない。たまには暴れたいこともあるさ」  ふん、とエリーは鼻をならす。  しばしの沈黙ののち、サンライズが口を開いた。 「カスガのことは、必ず守ってくれるだろうな」 「キミとの契約は守る。カスガはもうターゲットにしない」 「誰が狙っていたかも、教えてくれるね」 「ああ……でも今夜はもう十分だろう?」  疼いてきたらしく、エリーはあごを押さえた。 「アイツはいい友だちがあってよかった。長生きするぞ」  少し黙っていたが、サンライズは包帯を見ながら話した。 「ヤツはHIVに感染してる。知ってたか?」  エリーは少し身を起こした。 「いや。直接触れずに殺れ、としか聞いてなかった」 「今、数値的にギリギリだそうだ。優秀な工作員だったけど、今デスクワークなのは、そのせいだ。カイシャでも数人しか知らない」 「ふうん」  エリーは、じっと遠い目をしたまま言った。 「誰だっていつかは死ぬからね……まあ、よろしく言っといてくれ」 「あの銃は、持って帰ってくれよ」  エリーが言うので、もちろん、とサンライズは立ち上がった。 「落としていったら、クビになる」  銃を拾い上げた時も、恵莉はすやすやと眠っていた。  手の先がちょこんと出ている。指がかすかに動いて、唇にかすかな頬笑みがうかぶ。ウサギの夢でもみているのだろうか。  居間のエリーに声をかけた。 「もう帰るよ」 「送っていかないよ」  エリーは、ソファから立ち上がらなかった。 「いろいろ支度があるから」 「何の?」 「引越しの」  エリーはじっとサンライズをみた。 「明日、自首する」  家に帰るまでずっと、ミロクボサツみたいな手を電車の客にじろじろ見られていた。  それとも、顔が腫れてるのがひどいのか。のども腫れているようにズキズキする。  それでも、久々にすっきりした。  たまには、殴ってやらないと(誰をだよ)。  帰る途中でようやく思い出して、カイシャに電話を入れた。  だんだんと絶滅しかかっているらしい公衆電話を探して、ようやく見つけた。  人差指と親指だけだと電話は使いにくいな。ようやく支部の総務につながった。  やっぱり、大騒ぎだった。バンザイの聞こえる中、春日ががなりたてていた。 「連絡遅すぎだ、バカ! それになんでオマエ、横浜アリーナなんか入ってたんだよ、しかもパンクロック。捜すのにタイヘンだったんだぞ」 「もっとパンクな目にあったよ、報告は明日」  あ、ハルさん、エリーがよろしくってさ、と伝えてからさっさと電話を切って、家路についた。  電話も通じずに、早く帰るよって言ってたのにこの時間、いきなりこの格好で帰れば、奥さんは何というだろうか。  その前に、玄関を開けてくれるのだろうか。 「ミホトケのままに、だな」  自分の手をじっくりながめてから、覚悟を決めて歩きだした。
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