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バースト。
20年前、私たちの文明を根本から変えた現象。
それまでファンタジーな物語にしかいないと考えられてきた異能力者や怪獣が突如姿を現した。
それまで普通の人と思われたのに、空を飛ぶ者、火を吹く者、変身する者。ほかにもたくさんの能力を持ち始めた。
ハンター。
動植物が変化したり、異なる次元から特殊な物理法則を持って現れた怪獣。
その皮膚や骨、爪は鋼鉄より硬い。
肉は珍味として知られる。
ハラワタの内容物……つまりフンは大きな畑の肥料になる。
ハンターは、その怪獣を食べる強大な捕食生物。
ハンター・キラー。
ハンターを狩る人たち。
本当は並行世界とか枠宇宙とか、いろんな事を説明できないといけないんだけど、かいつまむと……。
私たちの住む日本のハテノ市は、そこに“日本”を持つ平行世界の果てにある。
その結果、たくさんの日本に現れた怪獣が超時空の流れに乗って流れ込んでくる。
それを狩るハンター・キラーは、市の主要産業なんだ。
そんな産業にも人間はすっかり慣れてしまった。
でも、生まれる前からあっても、自分が慣れるかどうかは別だよね。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
「おめでたい時には、おいしい物がなくちゃ。綾香ちゃん! 」
その言葉には、賛成したいな。
でも、連れてこられた場所が問題だ。
そこは大きなテントの中。
それも、大きなビルを解体する時、破片が飛び散らないように覆うような物。
大きなバスが入口。
テントの中からバイ菌や毒ガスが出てきても、それを防ぐタイプ。
中には使い道のわからない機械がつめこまれてるよ。
ハンターの中には体に猛毒や爆薬のような成分を持つ者もいる。
最悪、死ぬと毒を含んだ大爆発を起こすんだ。
そんな成分を調べるものだと思う。多分。
私は、血の匂いもシャットアウトされた、気温も快適な、その中にいる。
月島 綾香。16歳。
無能力者。
いま、バスの壁に作りつけられたイスに座っている。
絡まるくせ毛が嫌で、耳が見えるまで刈り込んだ丸顔。
そして健康に気を使い、すくすくと……いや、言い訳はすまい。
好きで食べた結果、ブクブクと育った体。
しかし、悪いイスだね。
170センチの体は収まるけど、薄いクッションはプニュンと広がる太ももとお尻と力を合わせても、ちょっと痛い。
テントの中で一番大きいのは、巨大で赤い人型ロボットのハンター・キラー。
たしか名前は、ウイークエンダー・ラビット。
手足には、格闘戦を想定した分厚い装甲を施したやつ。
しかも、ちゃんと使っていた証拠に、塗装がはがれて灰色の地が見えてるよ。
このテントも、あのラビットが傘みたいに開いて立てた。
前に学校の社会見学で見たことがある。
クレーン車や人が作ると、3カ月かかるって。
狩られたハンターは、テントの真ん中から逆さづり。
もともとは、ヤマアラシのように背中から無数のトゲをはやしていた。
それが、今はトゲも毛の生えた革もはぎ取られ、筋肉だけの姿になっている。
首にはぱっくりと避けた傷があり、赤いドロドロした液体が、大きなしずくとなって落ちている。
血ぬきの跡。
その下には小さな浄水場そのものがあり、血を浄化している。
肉をはぎ取るのは、ナイフを手にしたラビットと、アームの先にハサミをつけた2台のパワーショベル。
切り分けた肉を、大型トラック用コンテナと、まな板に器用に乗せた。
まな板の前には、白いかっぽう着、あつかいの防護服、頭を覆うフード、それにマスクをした1人の女の子がいる。
私をここに連れて来た張本人、じゃなくてネコ。
真脇 達美ちゃん。
ポルタ社という、ハンター・キラーの会社社長の妹で、つまりお嬢さま。
交通事故で死にかけたネコの脳を使ったサイボーグ。
しかも純然たる戦闘用。
それとデモンストレーションを兼ねて、アイドルをやっていた。
小学生に間違われるほどの小柄な姿。そしてかわいらしい。
でも、手に持っている包丁は、刃渡りは50センチ。刃から峰までが人の顔ほどもある。
クジラ包丁とかいうやつだ。
かわいらしくない。
達美ちゃんは、それをすごい勢いで振り落とし、肉を瞬時に細切れにしていく。
その荒々しい姿に、思わず背筋が、寒くなってくる。
「い、いけない」
友だちに対して、なんて恥ずかしいことを考えたのだろう。
その時、達美ちゃんが背中を見せた。
ちょうどいい。
おまじないをしよう。
それは、相手と仲良く話したいときの物。
相手の背中に、3回まばたきする。
瞬きの間にワン・サウザンド(100)、ツー・サウザンド(200)と心でつぶやく。
瞬きのおまじないは、ある小説に載っていたけど、数えるのは私のオリジナル。
ただ瞬くより、リズムよくしたほうが、効果がありそうな気がしたんだ。
やがて、達美ちゃんは肉をアイスボックスに詰めた。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
達美ちゃんはバスの中の更衣室で防護服を脱いでいる。
その間に、テントの中からズゥンと重い音がした。
ウイークエンダー・ラビットが関節をひびかせて座ったんだ。
逆関節だから、膝が後ろに行く長い正座。
その膝の間から、パイロットが走ってくる。
ここではバスのドアもバシュッとかゴトンとか、仰々しい。
「そのお肉で足りましたか?」
バスに入ってきた声が仰々しくなかったのは、良かった。
「ええ。ありがとね」
パイロットのツナギはカーキ色で、分厚いポケットのついたベストを着ている。
詳しくないけど、ヘルメットのない戦闘機パイロットや戦車乗りを思わせるいでたちだ。
「お祝いなんですから。
で、これは、私からのです」
スーツを着たパイロットと、差しだされた手さげの紙袋は、本当に可憐な笑顔をくれる!
「私のオリジナルブレンドの、焼肉のたれです! 今日の焼肉に合いますよ!」
ありがとう! うさぎちゃん!
「甘口にしたい時は、ふぞくのハチミツを使ってください」
この子は佐竹うさぎ。
県立中学の2年。
無能力者。
にもかかわらず、対ハンター特務機関プロウォカトルのエース。
法律上はハンター・キラーとは違い、怪獣から人を守る本物のヒーローだ。
普段は肩まで伸ばし、頭の上で編み込む髪は、後頭部で丸めて前髪をヘアピンで固定していてもステキ。
「お、良かったじゃないの」
達美ちゃんが出てきた。
今日は偶然にも、私と達美ちゃんは野球帽に白Tシャツ、ネイビーブルーのひざまでパンツ。
でも、達美ちゃんの方が絶対目立つ。
帽子から覗く短い髪は真っ赤。
帽子を盛り上げるのは、ごきげんよく天に伸びた猫耳。
同じ色のしっぽが、シャツとパンツの間から伸びている。
その真っ赤な目は、まんまるく輝き、ニコニコだ。
私は、この顔がとてもかわいいと思っている。
でも私は、自分で決め、やって来たのに。
解体する達美ちゃんの姿が……。
……気持ち悪い。
「ねえ、うさぎはうちのサークル参加する気ないの?」
そう、達美ちゃんが聴いた。
ああ、あれ。
あれはいいものだと思うよ。
「あの恥ずかしいショートストーリーのことですか?」
うさぎちゃんは自信なさげに顔を伏せた。
「ズサンな作品です。
ホラーの流行りに乗っかっただけで……」
「でも、作ってる間は楽しかっただろ?」
達美ちゃんが指摘した。
「それはそうだけど、それだけですよ」
「それだけじゃないよ」
うさぎちゃんの言葉を、さえぎった。
それは私だ。
普段は抑えてきた、うらやましさが吹きだした。
欲しかったものが自分にあるって、素晴らしいと思う。
それに私が感じる物は……しっと? 怒り?
「あなたは小説を、ちゃんと完結させた。
それはすごい事だよ。
だって、ただ見たいシーンを並べたって、妄想の断片にしかならない。
あなたの作品には、キャラクターや状況にリアリティを伝えるアイデアが、あふれていたよ」
うさぎちゃんの顔が、みるみる赤くなっていく。
「ホント?ありがとう」
そう。それで良いんだ。
それだけは確かだ。
私とは違う。
人と引っ付く事でしか、人前にでれない私とは。
「ありがとね〜」
達美ちゃんがとびっきり上機嫌に手をふる
わたしの言葉がうれしかったのかな。
だったら良いな。
テントをでた。
あ、暑い。
だめだ。
夏休みの強烈な日光に照らされて、頭が動かなくなりそう。
早く家に帰ろう。
振り向けば、{割烹居酒屋いのせんす}と書かれたテントが見えるはず。
外はラビットとヤマアラシハンターの戦いで穴だらけになった、狭い谷あい。
休耕田、過疎化で作る人がいなくなった田んぼしかない。
ハンターを追い詰めるには、ちょうど良かったのかな。
あちこちに刺さった赤い電柱のような物は、ハリネズミハンターがミサイルのように発射したハリだ。
ハリの周りを大きなユンボが掘り、クレーン車が引っ張りだそうとしてる。
田んぼは慣らされて鉄板がひかれ、道になっている。
並ぶのは、戦車だか装甲車だか。
ぶつかればうちの自動車はペシャンコになるのは確実なゴツいやつだ。
私たちは、この道と同じように仮設された海沿いの国道まで歩いていく。
達美ちゃんは自分と同じくらいの大きさのアイスボックスを軽々と持つ。
私は両手のひらに乗る小さいやつと、うさぎちゃんのプレゼント。
その時、国道に白い軽自動車がやってきた。
谷の前で止まったところを見ると、野次馬かな?
10秒もせず、軽自動車は走り去った。
私たちは特に気にせず、バスに乗った。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
バスは舗装された国道に移り、無事だった街に入る。
私の家族を含めた住民の避難が発令された時は、大変だったけど。
爆炎も見えたし、数秒後に届く爆音も聞こえた。
その爆音よりも、ヤマアラシハンターの断末魔の叫びが、大きかった。
家に帰った私は、冷たいシャワーを浴びた。
「は~」
居間から開けっ放しの窓を見る。
夕方の海風よ。もっと冷やしてよ。
家は海を見下ろす丘の上にある。
もうすぐ、オレンジ色の太陽が真っ赤になって海に沈む。
この景色のよさが、我が家の自慢なんだ。
「よっ! 今夜の主役の登場だ! 」
うう、照れ臭い。
迎えたのは、小宮山 孝太さんの温かい声。
彼は隣街の高校、魔術学園に通う。
異能力者が集まる、政府肝いりの学校なの。
音楽部の副部長である3年生。
私、自分より背の高い人が好きなんだ。
で、彼はめったにいないそんな人。
190センチ。
音楽部の副部長で、歌がステキな私の憧れ。
海を見下ろす庭に、BBQコンロを囲む仲間たち。
さっきのハンターの肉がジュウジュウ音を立てている。
『「じゃ~ん』」
女の子が2人、左右に広がって、もっ体ぶったしぐさで後ろを示した。
1人は私と同じ県立中学の同級生。
ブラスバンド部軽音班長。塚原 栄恵ちゃん。
魔術学園からは1年生ながら、その卓越した楽器の腕で音楽部部長に推挙された、竜崎 舞ちゃん。
ちなみに、さっき「じゃ~ん」を言ったのは栄恵ちゃんだけ。
舞ちゃんは異能力が使える代わりに脳に障がいを負って、言葉が話せないの。
だから『じゃ~ん』はスマホの人工音声機能で表現してる。
テーブルの上にはテレビが置かれていた。
それから、シンセサイザーの高音による明るいリズムが流れる。
私たちのオリジナルソングのミュージックビデオだよ。
周りで激しく演奏したり、ステップを踏む仲間達。
その中心でゆったりと踊りながら、女性にしては低い声で歌うのが私。
そして、デビュー作。
ディナーは、動画サイトに投稿したこれの、50万回再生された記念なんだ。
やっぱり恥ずかしい!
いくら歌やダンスがうまくても、それ自体がうまくなるだけだよ!
だけどテレビからは、激しさを増す達美ちゃんのエレキギターや小宮山さんのドラムにのって逃げることは許さない!とばかりに。というか、そういう歌詞が流れてくる。
そうだ。がんばれ私!
「あはは。ありがとう。ありがとう」
飲み物を取り、手も振ってみる。
……すごく偉そう!
動画の衣装は、熱帯夜の熱をかき集めて苦しめる、背中まで届く白いウイッグ。
痛い赤のカラーコンタクト。
白い陶器のような肌は、分厚いファンデーション。汗に乗って垂れさがって苦しめられた。
二重アゴはテープで引っぱられて小顔に。
コルセットをきつく巻いたおなかには、たしか、私の記憶が確かなら、生まれて初めてクビレができた。
そして、栄恵ちゃんがどこかのサイトでレンタルして来た……黒いレザー調女王様風ロングドレスと、肘まで覆う、ロンググローブ。
いわく、「白い光を背後におくと、闇夜でかえって生えるんだよ」と言うピカピカのツヤツヤが施された物だ。
そのもくろみは、たしかにかっこ良かった!
背景は、地元に住んでいてもめったに来ることがない岬。
街灯りははるか遠く、最も輝くのは満月。
私の白と黒は、その満月の下に輝く波と最低限の照明の元、さらに妖しく輝き続ける。
やっぱり慣れない。
望んでいた事なのに。
というか、怖い!
達美ちゃんは、「綾香ちゃんくらい大きい人なら存在感があって最高ね!」と言ったけど。
この情けないのが私。月島 綾香。
思わず後ずさりしようとしたら、後ろからギュッとおなかを包まれた。
「やっぱり面白~い。オモチみた~い」
包む腕は、細くて小さい。
ああ、達美ちゃん。
いるのが奇跡の元アイドルは、振りほどこうとしても、びくともしない。
この子は、本当に作詞作曲やプロデュースの実力もあるんだよ。
今でも、復帰しないかと誘いが来るらしい。
でも、今の生活が気に入っているからって、断っているんだ。
「やめなよ。達美ちゃん」
後ろから声をかけたのは、メガネをかけたやせた男の子。
達美ちゃんのボーイフレンドの鷲谷 武志君。
動画ではシンセサイザーを担当していた。
その彼が達美ちゃんの手を優しく外した。
見た目と違う、重たい金属の手だ。
彼は達美ちゃんと同じサイボーグ。れっきとした戦闘用。
だけど、達美ちゃんが従うのはそれだけじゃない。
鷲谷くんは私と同じ学校で、達美ちゃんとはちょっと遠距離恋愛。
だけと、2人はいつも仲良し。
なかなかできないこと、してるな。
鷲谷くんは達美ちゃんの耳元で何か、ささやいている。
何となくおなかの肉、とか、気にしてる、とか聞こえた気がした。
そう。
私は怠惰の象徴である、おなかの肉を気にしている。
それに対する達美ちゃんの答えは。
「え〜。タケ君。
私、やわらかいとこ触られるの好きだよ」
こ、この妖怪エッチネコ!!
この6人が、私のチーム。
二つの学校からメンバーがいるのは、もともと軽音をやる人が少なかったから。
こんな小さなチームなら、私みたいなどんくさい子にも出番があって、それを足掛かりに自分を変えられると思ったんだ。
それは、たしかにある程度までは成功した。
でも、すでにコントロール不能なレベルまで行ってしまったようだ。
パーティーは続く。
このお肉、ほんとにおいしい。
柔らかく、肉汁はさわやか。
うさぎちゃんの焼肉のたれも実にいい!
おかげで大いに盛り上がった。
今、我が家にはチームしかいない。
両親と父方の祖父母は、「今夜は友達と楽しみなさい」と言って、どこかに出かけてしまった。
買い置きしてあった酒類と一緒にね。
……みんな、あっても飲まないよ。
あれ。これは何?
双眼鏡にしては余計な機械がついてるけど。
「暗視ゴーグル。夜に動く動物を見ると面白いよ」
そう言う達美ちゃんに使い方を教わり、遠くを見渡してみる。
本当だ。
すっかり暗くなっても、熱を持った人や自動車が、白く見える。
海の方を向いてみた。
そこにも白いものがある。
どうやら人らしい。
そこは、切り立った岩場があるところだった。
岩の陰に隠れるように、大きな熱源がある。
エンジンを切ったばかりの、乗用車だ。
それにしてもおかしいな。
この辺りは広い日本海からの荒波が押し寄せる。
海底も岩場。
転べば命にもかかわるから、夜は泳ぐ人も、散歩する人さえいない。
海水浴か密漁かな。
それにしては、なんの準備もせずにまっすぐ海に入っている。
……まさか私は、恐ろしい予想に行きあたった。
……自殺!?
そのことを訴えようと、私は振り向いた。
でも、あまりの緊張に言葉がでない。
それでも、小宮山さんは私の異常に気づいてくれた。
「おい! 顔が真っ青だぞ! 」
それを聞いて、他のみんなも注目してくれた。
ああ!なんてすてきなお友達!
「私が行く!」
そう言ったのは達美ちゃん。
「僕も!」
と鷲矢君も。
2人の背中が盛り上がり、首の後ろの襟から大きな機械が飛びだした。
ほそながい機械は箱型に広がり、鳥のような翼が飛びだす。
2人を飛ばすジェットエンジンと翼が、背中に張り付いた。
「みんなはあかりを照らしたり呼びかけたりして、彼の気を引いて! 」
鷲矢君がそう言うと、2人は海に飛んで行った。
私は家にとびこむと、懐中電灯をあるだけ持ってみんなに渡す。
停電が怖いと言って、お金に余裕があると買ってくるお父さんに感謝です。
小宮山さんは、腕で大きく円を書いた。
すると円の中に、これから行きたかった海岸が見えた。
彼はテレポーターなんだ。
「そんなに長く開けられない! 急いで! 」
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
私たちは岩だらけの海岸から自殺志願者らしき人を探した。
「おーい! もどってこーい!! 」
「警察に逮捕されるよ~! 」
私は暗視ゴーグルで見る。
なにあれ。海面の一か所が真っ白に見える。
きっとジェットの排気だ。
ものすごく熱そう!
とにかく、そこにみんなの光を導きながら、叫びまくった!
「戻りなさい!」
頭の上で風が起こった。
信じられない速さで空気が一点に集中していく!
その下には、両手を上げた舞ちゃんがいた。
その技は前に見た。
素粒子を、物質を引き付ける力を操るんだ。
今は空気をひきつけあい、プラズマに、つまり炎に変える。
とたんに、巨大なかがり火が現れた。
2つのジェットがやって来た。
達美ちゃんと鷲矢くんはバランスをとり、排気をぶら下げた人に当てないよう、ハの字型に噴射している。
おろされると、その人はへたり込んだ。
ぬれてはいるけど、Yシャツは白く、ズボンもスーツ風。
男性だ。身なりは良いみたい。
「? あんたどこかで会ったこと、あるかね? 」
達美ちゃんが、男性の顔をのぞき込み言った。
20歳くらいかな。
青年は顔を背けるだけで何もしゃべらない。
「アー!! 」
その沈黙を破ったのは、栄恵ちゃん。
「いつぞやのコンサートで、タケ君を殴ったストーカー!! 」
私の背中にも冷たい物が走る。
栄恵ちゃんのいう事が本当なら。
「この男、犯罪者だ!! 」
それは、達美ちゃんがアイドルを止めるしかなくなった事件だ。
その日、達美ちゃんは鷲矢君を自分のコンサートに誘った。
2人にとっては数カ月ぶりにあう機会だった。
舞台の上と下で、感極まった2人は手をつないだ。
そしたら鷲矢君が、ストーカーに殴られた。
怒った達美ちゃんは、舞台を飛び降りて殴り返した。
人間のアイドルがやっても、クビは免れなかっただろう。
さらに達美ちゃんは、現役の兵器。
それが民間人を勝手に殴るなんて、あってはならない事だ。
それが裁判所の判断だった。
「うわー!!!」
いきなり叫び声が耳をたたいた。
足のすくむ、現実感のないほど大きな声。
それでいて、効き覚えのあるような。
そう、ハンターの断末魔の叫びによく似ていた。
叫んだのはストーカーの男だ。
叫びと共に立ち上がり、走りだした。
砂に足を取られながら、自分の白い車に向かっている。
ハンターの解体場の前を通り過ぎた、あの軽自動車に。
「待てえ! 」
最初に男を追いかけたのは、栄恵ちゃんだった。
男の背中に、蹴りを放つ!
その逃走と追撃は、一瞬で終わった。
達美ちゃんの機械の足は、両者にすぐに追いついた。
ジェットエンジンは出しっぱなしだけど、使った様子はない。
熱いから冷ましてるだけかもしれない。
達美ちゃんの左手は栄恵ちゃんの蹴りを、右手は男の襟首をつかんで離さない。
その上、達美ちゃんは2人を合わせたより重い。
唐突に、さっき男が上げた叫びの意味が分かったよ。
マワキ タツミチャン!
「離せ! 離してくれ!!」
ストーカー男はあきらめない。
前のめりになって逃げようとしている。
「いいの? 転けたら痛いよ? 」
それに対して達美ちゃんの声は落ちついていた。
「いいの? あんたもひどい目にあわされたんでしょ?! 」
栄恵ちゃんが達美ちゃんに訊いた。
私と同じ、納得いかないようだ。
達美ちゃんは栄恵ちゃんを離した。
「それについては裁判で決着済み。
ところで、まだ警察に通報してないよね? 」
そう言えば、まだだね。
「今はしなくていいと思う。
あんたも、その方がいいでしょ? 」
襟首をつかんだままの男にたずねる。
男は、へたり込むように頭を下げた。
「有村 修くん、だね」
達美ちゃんは聴いた。
「そう……です……」
返事は、蚊の鳴くような声だった。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
結局、有村 修青年は私の家に連れてくることになった。
今は、お風呂に入っている。
鷲矢くんと小宮山さんは、こっそり監視中。
不審な物音を聞いたら、すぐにドアをケリ破ることになるだろう。
何しろ自殺志願者だから。
着替えは車の中にあった。
おまじないは、もうやった。
お風呂に向かう背中に向かって、瞬き3回。
ワン・サウザンド。ツー・サウザンド……。
だけど、どう話せばいいのか、わからない。
とにかく、ご飯を用意しよう。
さしものハンター肉も、行って戻ってくる間に焦げてしまった。
小宮山さんが新しく焼いている。
あれ?
疲れた人に栄養たっぷりの物をだすと、いけないんだっけ?
「見たところ大丈夫だと思う」
そう言ったのは、達美ちゃん。
もうジェットエンジンと翼はしまい、私、舞ちゃんと栄恵ちゃんでパーティーを片づけてる。
「でも意外ね。本当に、あいつの事憎くないの?」
栄恵ちゃんが明け透けに聴いた。
舞ちゃんもコクコクとうなづいて同意をしめす。
「まあ、なんと言うかな」
達美ちゃんは言葉を探すためか、しばらく黙った。
「有村くんとは、事件の時と裁判の時にしかはっきり会ったことがないの。
でも、事件と裁判の時で、性格が変わってるのが、印象に残ってる」
? 何それ。
「事件、と言うか、コンサートに来る時は荒々しい性格」
それは、あなたのファンには珍しくない事ね。
「裁判の時は、ずっと怖がって震えてた」
「それって、よくある事じゃないの?」
栄恵ちゃんの質問。
「私も最初はそう思った。
でもね、彼は裁判で勝ってもちっとも喜ばなかった。
あれ、なんだったんだろう……。
むしろ戸惑ってる感じだった」
ニュースでは、兵器の管理をどうとか、神妙な面持ちで語ってたと思うけど。
すると舞ちゃんが、スマホに何か書き込んで読ませた。
『有村さんには真実とは違う、信じたい事実があるのでしょうか?』
自分が変態だと思い込みたいって事?
『それはありえると思います』
え~(汗)。
再び書き込む。
私が変態という言葉を使ったからか、赤い顔して。
『自分をダメな存在だと思いこみ、それを認識できるから自分は正しい。と思いたいのでしょうか』
「それは……それで問題だな」
栄恵ちゃん。
「いいわ。私たちで励まそう!」
私もそう思った。
でも、達美ちゃんからでたのは警告の言葉だったの。
「そうそう。有村君には直接叱ったり、がんばれ、なんて言うのはだめだからね」
それは何で?
「自殺しようとしていたという事は、彼の精神は限界まで疲れているという事。
私たちが目指すのは、向こうから話しやすくすること」
そして、いつも通りのリラックスした言葉で付け足した。
「いいじゃないの。
もうしばらく、美味しいもの食べて、ゲームでもしてれば」
「……い、ただきます……」
有村さんは、また蚊の鳴くような声。
おずおずと即席焼き肉丼とお味噌汁を口に運ぶ。
その姿には、一片の暴力性も見いだせない。
いえ、だからこそキレると、そうなるのかな?
……美味しい?
「はい、とても」
6人の目でジロジロ監視したら、精神的に追い詰めることになって良くない。
達美ちゃんのアイディアで、みんなは関係のないことをしている。
響くのは海水にぬれた服を洗う洗濯機の音。
男の子たちには、舞ちゃんがこっそりメモを見せた。
思慮深い人たちだから、心配はなさそう。
一度は有村さんを蹴り飛ばそうとした栄恵ちゃんも、おとなしくソファでテレビを見て……。
「グ―」
寝てる!
ハンターの肉を初めて食べる時は、だれもがおっかなびっくり。
それでも食事も終わり、私はいれたてのコーヒーを持って行った。
私の好きな砂糖とミルクも一緒に。
「どうぞ」
有村さんはブラック派らしい。
落ち着いた顔は、けっこうかわいかった。
そう思ってたら突然、話しかけられた。
「あのさ、そろそろ尋問と言うか、俺の話しを聞いた方がいいんじゃないの?」
……なんでそう思うの?
「だって、兵器なら公共の福祉、犯罪の予防に務めないと……」
そう言われ、視線を向けられた達美ちゃんは。
「そう? じゃあ……。
ねえ、あなたって、嫌なことがあると、正義感を持って解決しようとするよね」
話し始めた。
「あの時だって、タケくんを私の優しさにつけ込む悪いやつだと思ったから殴った」
「あんたが気前良すぎるのよ」
栄恵ちゃんだ。
起きてたんだ。
「握手会のお客が、タケ君との熱愛、超熱愛、直接描写するのははばかられる何かを報道しても、おとがめなし! 」
有村さんに、過ちを犯したのは自分だけじゃない、と伝えて励ますためかな?
まさか達美ちゃんに話しかけるとは。
達美ちゃんが頭を下げる。
「それは、反省しています。
それに比べれば有村さんは、誠実な感じがするよ。
裁判の発言も誠実な感じだったって、タケ君も言ってたじゃない」
鷲矢君が、うなづいた。
「で、今日の事は、何があったの? 」
達美ちゃんの言葉に、有村さんの表情は硬まった。
そのまま。だけど、意を決したようで話しだした。
「い、居場所が無くなったからだ」
絞りだす。そんな感じのかすれた声。
「裁判では、あんた達の責任……なぐった俺の拳が折れたとか、そういう事に焦点が行った。
だけど、身近な人たち、両親にとっては、そうじゃなかった。
無神経、無責任、暴力性が、おまえの本質だとののしられた。
アイドルを追いかけた事は、軟弱さの表れだと言ってたよ」
次第に涙声がまじってきた。
「これでも、会社では若手筆頭と呼ばれてたんだ。
だけど、クビになった。」
そして、みんなを見ながらつぶやく。
「なあ、俺のことを情けないと思うか? 」
「もう少し聞かせて」
私の口が動いた。
自分でも不思議な、勝手に動いた感じ。
ただの好奇心? 本気で必要だと思った?
とにかく、生まれて初めて感じる強い欲求で、聞きたいとおもった。
「そうだね……。
自慢するわけじゃないけど、俺は真脇さんのファンの中では、かなりの人気ブロガーだったと思う。
1日に700ぐらいアクセスがあったし。
君たちの特殊な事情や、巻き込まれた事件。
その苦難については理解していた、と思いたい」
ハンター・キラーについてや、達美ちゃんや舞ちゃんや仲間たちが、強さを見込まれて異世界に召喚された事件の事ね。
「今じゃ、アンチだらけだよ。
代わりに、こんなうわさが立った。
真脇さんがハンター・キラーになったから、それを追ってハンター・キラーへの転職がふえる。
それで兵器が売れる。
結果、日本の治安が悪くなった。とね」
その噂なら、みんな知ってる。
だけど、そんなことはあり得ない。
達美ちゃんのファンは、ハンター・キラーや警察、自衛隊など。
ハンター・キラーは20年も前から増えていたし、警察や自衛隊はその前からいた。
達美ちゃんが失脚したって、それでハンター・キラーが突然増えるなんて、ありえない。
「ハンター・キラーになる理由だって、千差万別だろうね」
有村さんは分かっていた。
「お金やスリルを求めて。異能力を生かせる職場。無人兵器が発達して、無能力者でも安全になった事も。
他にも、僕らが気付かない理由もあるだろう」
有村さんは、もう一杯一杯。という感じで言葉を断ち切った。
「不思議だな。言うだけ言ったらすっきりしたよ」
その時、洗濯が終わったことを示すブザーが鳴った。
私は洗濯物を取りに行く。
そう離れていないから、話は聞こえる。
「で、どうする気なの? 」
達美ちゃんだ。
「自殺は止めだ~! 」
初めて聞く有村さんの明るい声。
「警察に突きださなくてもいいと思うなら、うれしいな」
そして大きく伸びをする気配。
でも、わざとやって見せてるみたいだ。
「別に親にオンブダッコで生きてたわけじゃない。
蓄えだってある。
せっかく、遠くまで来たんだから、どこかで再就職を目指したいよ」
多分、彼の言葉に嘘はないだろう。
「うん。そこまで覚悟を決めたなら、上出来だ」
栄恵ちゃんの言うとおりだと思う。
でも私は、何かをしてあげなきゃいけない気がした。
急いで袋に洗濯物を詰めた。
「待ちなさい! 」
私は洗濯物の袋を渡しながら言った。
あの動画さながらの、女王様ボイスで。
「1つおまじないを教えてあげます。
相手と仲良く話したいときに」
有村さんはキョトンとしている。
「相手の背中に、3回まばたきする。
瞬きの間に、心でこう数えるワン・サウザンド。ツー・サウザンド……」
有村さんは、さすがに吹きだした。
「なんだ、それ」
でも、悪い気はしない。
「そうです。おまじないなんて、単なる時間稼ぎ。
でも、それをしている間、私たちはその問題に向きあってる。
だったら、その分私たちの姿が目につく可能性だって高まるはず。
きっと、あなたの事を見てる人だっているはずです」
彼は、再び歩きだした。
さっきよりは力強く。
きっと彼は救われる。
そして私も。
私たちは、お互いを助けあったんだ。
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