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「夕飯は朽木くんの好きなビーフシチューにしたので、食べていってくださいね」
「ありがとう、伊織さん。手料理なんて久しぶりだ」
アンドロイドの研究所に最年少で入所した朽木くんは、まともに自宅に帰れていないらしい。
ベビーフェイスには似合わない無精髭がのびている。
「朽木くんもすっかり研究者の顔ですね。
はじめて会った時は小さくて、咲良に泣かされていたのに」
「もう二十歳ですよ。咲良に泣かされたりしません。
今なら俺と伊織さんって、同い年くらいに見えのるかな。どう、咲良?」
「伊織の方がかっこいいし、伊織の方が大人に見えるよ」
「俺だって、伊織さんみたいな燕尾服を着たら、もっとかっこよくなると思うよ?」
「朽木くんが燕尾服着たら、伊織のかっこよさが引き立つだけだよ」
「咲良って本当にかわいくねぇな」
朽木くんがむすっと眉を寄せると、伊織はパープルの瞳を三日月にして部屋をあとにした。
夜空に浮かぶ一人ぼっちの三日月のように、いつもそっと微笑み、包み込んでくれる伊織。
―――どうして伊織が、スクラップにされなきゃいけないの。
ざらりと、スリッパ越しにカップの破片の感触がした。
ソファーに深く腰をかけ、深呼吸をする。
息がうまく吸えないし吐けない。
身体のなかが循環しない。
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