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そんな美桜の眼前に、不意に顔を寄せてきた尊が横から顔を覗き込んでくる。
ーーこ、今度はなに?
未だ羞恥に塗れていた美桜は、再びの至近距離に、思わず息を呑む。
「貸してみろ」
「ーーへッ!?」
尊のことを過剰に意識したせいで、言われた言葉が頭に入ってこず、素っ頓狂な声をあげてしまう。
そのことで、尊に揶揄われる羽目になってしまうのだが……。
「シートベルトのことだ。お前はいっつもボーッとしてんな」
「そ、そんなことないですよ。今のはたまたまです」
「ふっ、たまたまねぇ」
「あっ、信じてない。本当ですから」
「ああ、わかったわかった」
屈託なく笑う尊とのやり取りの中で、美桜は、既視感のようなものを覚えた。
おそらくそれは、こんなふうに時折尊が垣間見せる、子供のように笑う無邪気な笑顔が見慣れないせいか、幼い頃に機嫌をとってくれた兄の友人のことを思い出させたのだろう。
今まで、身近な男性と言えば、家族しかいなかったため、そう感じてしまうのかもしれないが、それだけじゃないような気もする。
ーーそう思ってしまうのも、尊さんのことを好きになってしまったからなんだろうなぁ。
これまでのように、これからもずっと家の駒としてしか生きられないと思っていたのに。
政略結婚ではあっても、こうして好きな人と結婚できるなんて、夢のようだ。
尊にシートベルトを装着してもらった美桜の胸は、ほんわりとあたたかなものに満たされていた。
それからは、もうさっきのように、尊が美桜の覚悟を試すようなこともなく。
「今から、極心会について説明しておく」
代わりに、尊が若頭として身を置く極心会のことを語りはじめた。
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