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隣に座している尊に前のめり気味の体勢で言い切った刹那、ガチャンという金属音が鳴り響く。
尊がシートベルトを解いた音だと察したときには、美桜の身体は革張りのシートへと押し倒されていた。
驚きすぎて、もはや言葉も出ない。
美桜は、見開いた眼で、尊のことを呆然と見つめ返すことしかできないでいる。
覆い被さるようにして、美桜のことを組み敷いている尊は、依然として無表情を決め込んだままだ。
表情から何かを読み取ろうにも、心情を窺い知ることはできない。
だがほんの数秒後。なにやら苦しげな表情で端正な顔を歪ませた尊の口から漏れ出た苦々しげな声音が美桜の耳を打つ。
「……お前は、またそうやって……俺のことをーー」
あたかもそれは、自制の効かない感情を必死で抑え込んでいるように聞こえてしまう。
同時に、美桜の耳元に顔を埋め、身体にのしかかってきた尊にぎゅうぎゅうに掻き抱かれてしまっていた。
心なしか尊の身体までもが、今しがた耳にした声音同様に、微かに震えているような気がする。
たちまち胸までがぎゅうぎゅうに締め付けられ、心臓がギュッと鷲掴みにされたような心地さえしてくる。
情報が少なすぎて、言葉から真意は汲み取れなかったものの、初めて目の当たりにした、尊らしからぬ意外な反応に、なんだか心の内をほんの少しでも見せて貰えた気がして。
それがどうにも嬉しくてしょうがない。
それに、年齢だって、兄の愼と同じで十も違っているはずなのに、なんだか尊のことが途轍もなく愛おしく思えてくる。
美桜は無意識に尊の背中にぎゅっとしがみつき、頭まで撫でてしまっていた。
すると耳元の尊がハッと我に返る気配がして、その直後、ガバッと顔を上げて、強い眼差しで見下ろしてくる。
「わかった。それならお前の望み通りにしてやる。後で後悔しても知らないからな」
組み敷いた美桜のことを射抜くかのような、鋭い眼光を放つ濡れ羽色の双眸も、恐ろしく整った端正な顔も、有無を許さないという傲慢な口吻も。
どれをとっても相変わらず威圧感が凄まじい。
なのに、さっき尊らしからぬ部分を垣間見たせいだろうか。
尊の姿に、ますます愛おしさが込み上げてくる。
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