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お陰で、すっかり緊張感も解け、尊の隣で人知れず、はぁと安堵の息を漏らしていた。
そんな美桜の不意を突くようにして、櫂から思いもよらない言葉が寄越される。
「お前、こんな綺麗なお嬢さん、どこで見つけてきたんだ? ああ、自分の会社の社員にでも手を出したのか? ヤスたちが綺麗な社員ばっかりで羨ましいって、ぼやいてたからなぁ。もしかして、うちの娘と結婚させられるのが嫌で、手近で手を打った、ってことか?」
その言葉の数々に、美桜は思いがけず絶句する羽目になった。
そればかりか、最後の言葉が胸にグサッと突き刺さったかのような、鋭い痛みにまで襲われる羽目にも。
『うちの娘と結婚させられるのが嫌で、手近で手を打った、ってことか?』
成り行き上ではあったが、それでも、自分のことを助けるための政略結婚だと思っていた。
だが尊にとっては、そうではなかったのかもしれない。そう察したからだ。
尊の説明によると、櫂には、三十歳の尊より一歳上の一人娘がいるらしい。
もしかしたら、極道映画などでもよく耳にする、跡目争いなどの関連で、尊には、櫂の娘との縁談話があったのかもしれない。
尊は、極心会にとってナンバーツーという立場にあるのだ。そんな話があっても不思議ではない。
否、あると考えたほうが自然だ。
ーーどうしてそんな簡単なことに気づかなかったんだろう。そうか、そうだよね。そうじゃなきゃ、尊さんにはメリットなんてないもんね。
ようやく緊張感が解けたというのに、美桜の心はズンと暗く沈んでしまう。
ふと、美桜の手を包み込んでくれている、尊の手が不意にギュッとさっきよりも強く握り返してくれる感触がして、同時に尊の苦笑交じりの声音が櫂へと返された。
「会長。いくらこいつのことがタイプだったからって。年甲斐もなくそうやって僻んで、揶揄って遊ぶの、やめてくださいよ」
その声に、「あちゃー。バレてちまったか」と少々バツ悪そうに呟くと、櫂は、ガハハと豪快に笑い飛ばしている。
ーーえっと、今のは、櫂さんが尊さんのことを揶揄っただけってこと? それに、私のことがタイプって……。ええ!? どういうこと?
軽くパニックに陥ってしまった美桜の耳元に尊がすっと顔を寄せてくる。
「会長は昔っから、着物の似合う和風美人に弱いんだ。安心しろ。変な意味じゃない。気に入られたってことだ。お前はただ俺の隣で黙って愛想振りまいてればいい」
そして耳打ちししてきた尊からのフォローにより、美桜は頬を紅く染め上げてしまう。
尊が何気なく放ったであろう『和風美人』と言う言葉とその近い距離に、過剰反応してしまったせいだ。
その事に、隣の尊は気づいてはいないようだったが、正面の櫂には、しっかりと見られていたようで。
心底愉しそうにふっと眇めた眼差しで、意味ありげに見つめ返されてしまい、なんだか心の内を覗かれたような気がして、途端に居心地悪くなった美桜は、ますます紅くなり身を竦ませた。
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