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そこへ尊から再びフォローがなされた。
「こいつ、見かけ通り初心なんで、真に受けたらどうしてくれるんですか? それに、俺との縁談なんて、樹里さんのほうが嫌がりますよ。俺とは姉弟みたいなもんなんですから」
尊はそう言うが、樹里とは会ったこともないし、尊の言葉だって本心ではないかもしれない。そうは思いつつも。
今の口ぶりからして、尊にとっては、樹里との結婚など考えられないということが窺える。
ゲンキンな美桜の心はたちまち浮上するのだった。
なにより、未だ尊の大きな手に握られている手の甲を、宥めるように優しく撫でてくれている。
おそらく、緊張しっぱなしの自分のことを少しでも落ち着けようとしてくれているに過ぎないのだろう。
テンパった美桜がボロを出してしまわないように。
全ては、政略結婚だと、周囲にバレないようにするためにーー。
そうとはわかっていても、嬉しいのだからしょうがない。
美桜がひとり歓喜していると、なにやらニマニマとした櫂から言葉での応戦がなされた。
「あー、そりゃ悪かった。けどなぁ、尊。息子同然の尊がこうやって好いた女を初めて紹介してくれたんだ。嬉しくて、弄りたくもなるだろうよ。そういう親心なんだ。そんなに拗ねるなよ」
「いや、別に、拗ねてなんかいませんよ。それよりなんすか、嬉しくて弄りたくなるって。そんな親心いりませんから」
「お、また、拗ねちまった」
「だから、拗ねてませんて」
「そういうことにしといてやるよ」
「……はいはい。どうぞご自由に」
それをきっかけに、とても極道のトップだとは思えないような、なんだか子供同士のじゃれ合いのような言葉のラリーが繰り返されたことにより、尊と櫂との親密さが浮き彫りとなった。
ーー親代わりっていうより、歳の離れたお兄ちゃんみたい。尊さんも櫂さんもとっても愉しそう。
すっかり気持ちも晴れたせいか、美桜には、とても親密そうなふたりの関係性が、微笑ましくもあり、なんだか羨ましくもあった。
こんな風に言い合えるのも、尊が櫂のことを信頼し、また尊敬している気持ちの表れに違いない。
ーーいつかこんな風に、私にも心を許してくれたらいいのになぁ。
ただ傍に置いて欲しい。そう思っていたはずが、気づけばどんどん欲張りになっていく自分に、美桜は戸惑うばかりだ。
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