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第2章
大晦日を明日にひかえた暮れの夜だった。テレビを観ているととなりの寝室で寝ていたシーが、急にくり返し小さな身体を伸縮させ苦しそうに吐きはじめた。今までもときおり嘔吐することはあったが、こんなにも何度も吐きつづけることはなかった。あまりに苦しそうな様子に命の危険すら感じたオレは、すぐに車で仙台市駅東口にある夜間救急動物病院へ向かった。閑散とした夜中の国道4号線の道路照明灯が闇路にあかりを灯すように眩く連なり、オレはMINI Cooperのアクセルを深く踏みつづけた。
南東の夜空に赤く光る一等星が見えた。あの星には見覚えがあった。若くして母が子宮癌のため亡くなったとき、仙台市内の病院から一足先にひとりで自宅へ向かった車窓から、未明の南東の夜空に見つけた星があの赤く光る一等星だった。そのときオレは母の精霊があの星へ帰郷したような気がした。オレは南東の夜空に赤く光る一等星にシーのことを祈った。すでに夜中の11時をまわっていた。
到着すると、夜間緊急動物病院はこじんまりとした病院だった。多少混んでいたため、しばらくのあいだファンヒーターで温められたやや照明が抑えられた待合室で待つことになった。しかしオレはシーを抱いたまま身体に異常を感じはじめていた。 ── その日は年末のため、いつもの心療内科で注射を打つことができなかったが、その時間までなんとか平常の状態を保っていた── しだいに全身から冷や汗のような汗が滲み、身体を平静に保つことがむずかしくなってきた。 ──身体をじっとしていられず大声で叫びたくなる── オレはシーを抱いたまま赤ちゃんをあやすようなふりをしながら、待合室を行ったり来たりしてなんとか耐えていた。
ようやく順番になり、担当のまだ若いあごヒゲを生やした獣医師にシーの状態を説明し、点滴等の治療をしてもらうとシーは診察台の上で何事もなかったかのようにさかんにしっぽを振りはじめた。ほっとして胸が熱くなったオレは、先ほどからの冷や汗のような変な汗さえも心地よくなっていた。若い女性看護師は、診察台の上で楽しげにしっぽを振るシーに苦笑していた。オレは心奥で母に感謝した。
──シー、楽しいかい、元気になってくれてありがとう
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