01-3.再会

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 * 「幼馴染!?」 「作家の向坂(こうさか)(さとる)? 匠が?」  諸々の事情をお互いに明かした後、萩尾と智里は揃って大きな声をあげた。唯一、匠だけは涼しい顔をしてお茶を飲んでいる。いや、涼しい顔といっても、その表情は前髪で半分は見えないのだが。  萩尾は、今やヒットを連発し、あちこちの出版社から執筆依頼の絶えないという人気作家・向坂智の担当編集なのだという。向坂智の本は、智里も何冊か読んだことがある。映画化された作品もあり、それも見に行っていた。  一方、そんな向坂智の幼馴染という存在に驚きを隠せない萩尾は、ソファの背に倒れるようにもたれかかり、感嘆の息を漏らした。 「いやぁ、驚きました!」 「それはこっちのセリフです! 匠って昔から感受性が強かったし、そっかぁって納得ですけどね」 「先生の作品を目にした瞬間、僕は絶対にこれを世に出さなくてはと思ったんですよ」 「うわぁ……。匠、すごいね!」  興奮状態で匠を見ると、彼はフイと顔を背ける。愛想のない態度だが、付き合いの長い智里はわかる。それが照れ隠しであることを。  匠は昔から感受性が強く、笑ったり泣いたりと感情表現がとても豊かな子どもだった。どちらかというと、いつも泣いていたような気がする。  幼稚園の先生が絵本を読んでくれたりすると、それが楽しい話でも悲しい話でも泣いていたし、皆で散歩に出かけた時など、道端に咲く草花を見ても泣いていた。  そんなこともあり、匠は他の子どもから揶揄われることも多かった。元々人見知りということもあったので、それに拍車がかかる。匠と親しい関係が築けるのは、自分の家族と智里の家族、あとほんの一部の人間だけになっていた。  小学校の高学年くらいになると、匠は感情をコントロールすることを覚え、あまり表に出さなくなった。いつも淡々とした顔をするようになり、あまり人を寄せ付けなくなった。  それでも、その豊かな感受性がなくなったわけではない。ただ表に出さないだけ。智里はそれを心得ている。  相変わらずだなと思い、笑みが零れる。 「匠、変わってないね」  そう言うと、匠からは思いがけない返事が戻ってきた。 「……智里は変わった」 「え? どこが? え、もしかして老けたとか!?」  智里は両手で頬を押さえ、固まる。  もう間近に三十路は見えているし、仕事が忙しくて肌の手入れはサボリ気味。それに、あんなことがあったせいで身体は一度ボロボロになっている。  それに比べ、匠は。 「ずるいよ、匠は! 高校からまた背は伸びてるし、大人っぽくなってるし、肌なんかすっごく綺麗だし! なに? どんなお手入れしてるの?」  ショックを紛らわすために、匠に思い切り近づいて顔をマジマジと眺める。もちろん、長い前髪は掻き上げてだ。 「智里っ」 「どうしてこんなに前髪長いの? イケメンが台無しだよ?」 「……っ」  智里の勢いに圧され、匠はタジタジになっている。そんな様子を見て、萩尾が我慢できないといったようにゲラゲラと笑い出した。 「あはははは! 先生にこんな風に迫る人も初めてだけど、こんなにあたふたしてる先生を見るのも初めてだ!」 「せ、迫ってません!」 「萩尾さん、笑わないで!」 「あはははは!!」  笑いのツボに入ってしまったのか、萩尾は腹を抱えて爆笑している。  それに反応したのはリアンだった。大きな声に興奮したのか、リアンは尻尾をブンブン振りながら匠にじゃれつき、のしかかってくる。 「リアン! 落ち着け!」 「リアン、おすわり!」  リアンは二人の声が聞こえていないのか、言うことを聞かない。  しかしその時、コハクがリアンの身体を鼻先でグイグイと押した。リアンもそれには気付き、興味がそちらに移ったのか、コハクの方にすり寄っていく。  コハクとリアンはしばらくリビングを歩き回り、やがて二匹はソファの側まで戻ってきておすわりをした。どうやら、コハクはリアンの教育係のようだ。
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