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「リアンって、まだ子ども?」
智里が尋ねると、匠が頷く。
「実家の近所に引っ越してきた人が、こっちなら犬が飼えると思って飼ったはいいけど、また引っ越すことになって、飼えなくなったって言うからうちで引き取った。ここまで大きくなるとは思わなかったって」
「……そうだったんだ」
シベリアンハスキーなら、子犬でもそこそこの大きさはあったと思うのだが。
こんな風に、あまり深く考えずにペットを飼う人間も多いから困る。
「あぁ、そうか。咲坂さんは先生の幼馴染だから、コハクのことを知っていたんですね」
やっと笑いが収まったのか、萩尾が会話に加わってきた。
「はい。コハクは匠の家に来た最初の日から知ってますよ。まだちっちゃくて、すごく可愛かったなぁ……」
その頃を思い出して頬を緩ませていると、自分の話になっていることがわかるのか、コハクがすぐ側までやってきて智里の顔を見上げた。
智里が手を伸ばすと、コハクは自分から顔を俯けるようにして智里の手が頭に乗るようにする。頭を撫でられるのを嫌がる子もいるが、コハクはそうではないらしい。
智里がコハクの頭を優しく撫でると、コハクの顔が嬉しそうに和らいだ気がした。それを見て、萩尾が驚きの声をあげる。
「うわ! 僕には絶対触らせてくれないんですよ!」
「そうなんですか?」
「はい。先生がよく撫でているので僕も撫でようとするんですが、ふいっと避けられるんです。リアンはあまり気にしないのか、触らせてくれるんですけどね」
そう言って萩尾がリアンの頭を撫でようとすると、リアンは顔を上げてそれを阻止した。
「ええええ! お前、いつも触らせてくれるじゃん!」
リアンはそれに対してプイと横を向く。どうやらリアンは気分屋のようだ。
萩尾ががっかりして不貞腐れる。それがおかしくて智里がクスクス笑っていると、ふと匠と視線が合った。ずっとこちらを見ていたのか、その視線に射抜かれたように智里は動けなくなる。
「智里」
「は、はいっ」
思わず敬語になってしまう。それにまた慌てていると、匠は僅かに顔を背け、小さな声で智里に言った。
「こっちには……いつまで?」
「えっと……」
尋ねられ、智里は言葉に詰まる。
それは、自分でもわからない。両親にも聞かれなかったのであやふやにしていた。
普通に休暇で帰省しているとするなら、長くても一週間ほどだろう。だが、一週間程度で気持ちの整理がつくとは思えなかった。だが、それより長いとなると、帰省の理由に困る。
本当のことを話すには、匠と疎遠になっていた期間は長く、そんなことを打ち明けられても匠も困ってしまうだろう。しかし上手い理由が思いつかない。
智里がいろいろと思いあぐねていると、匠はその空気を察し、「ごめん」と呟いた。
「ううん、こっちこそごめん。ちゃんと決めてなかったから……」
「決めてないってことは、長い?」
「あ……そう、かも」
曖昧に返事をするが、匠は納得したように頷いた。そして、その先は何も聞こうとしない。聞いても智里が困ることがわかっているからだ。
匠は人付き合いが苦手だが、こうして人の気持ちを慮ることができる。人の気持ちに敏感なのだ。
この距離感と空気感が心地いい。
上京してから匠との接点はどんどん減ってしまい、疎遠になってしまったが、こうしてまた近くにいるとそれをしみじみと実感する。
幼馴染といっても、大きくなるにつれて付き合いがなくなることの方が多い。しかし匠とは、智里が上京するまでずっと仲が良かった。それは、匠の側は智里にとって安らげる場所だったからだ。
そして匠も、智里に対しては壁を作らなかった。智里とは気心も知れているし、匠にとっては唯一心を許せる存在。それはおそらく今でも変わっていないだろう。
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