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01-4.とんでもない提案
その時、コハクの隣でおとなしく座っていたリアンがピクリと耳を動かし、リビングのドアを見つめた。リアンはそのまま早足で歩いていき、僅かな隙間に鼻を突っ込んで強引にドアを開けて出て行ってしまった。
「どうしたんだろ?」
智里がそう呟いた瞬間、ピンポーンとインターフォンが鳴る。それと同時に玄関の扉が開く音がした。
「うぉっ、リアン! だーかーらぁ、いきなり飛びかかってきちゃ危ないでしょー? 自分のデカさを自覚しなさいってば!」
賑やかな声と足音が聞こえ、智里が誰だろうと思う間もなく、その人物はリアンとともに開きっぱなしになっていたドアからリビングに入ってくる。
「お兄ちゃーん、玄関にキャリーがあったんだけど……って!! え? え? もしかして、ちーちゃん!?」
駆け寄られ、マジマジと顔を覗き込まれる。相手も驚いているが、智里も負けず劣らず驚いている。
勝手知ったる我が家とばかりに堂々と入ってきたのは、匠の五つ下の妹、凛香だったのだ。
凛香は極度の人見知りである兄とは正反対で、異常ともいえるコミュケーション力の高さで、初対面であっても誰とでもすぐに仲良くなってしまうという特技の持ち主である。
智里は凛香が生まれた時から知っているものだから、自分にとっても妹同然、ずっと可愛がっていた。凛香も大学は東京で、就職したのも東京だ。彼女が就職したての頃はちょくちょく会っていたのだが、お互い仕事が忙しくなりもうずっと会っていなかった。
「凛ちゃん、久しぶり……」
「きゃーーーっ! やっぱりちーちゃんだ! うわぁ、どうしてちーちゃんがいるの? え? こっち戻ってきたの? え、待って待って、ここにいるってことは、まさかお兄ちゃんと……」
「凛香、うるさい、落ち着け」
「はぁ? こんなの落ち着けるわけないじゃんっ! ちーちゃんはこっちの家のことは知らなかったはずでしょ? それなのにいるってことは……」
「偶然だ」
「ぐーうーぜーーーんっ!?」
凛香のけたたましい声に呼応するように、リアンがリビング中を走り回る。尻尾は勢いよく左右に振られ、大喜びだ。せっかくコハクが落ち着かせてくれたというのに、水の泡……。
凛香に思い切り抱きつかれ、智里は相変わらずだなぁと苦笑するしかなかった。
「いや、本当に偶然なんですよ。実は……」
見兼ねた萩尾が説明することでようやく凛香は納得したようだったが、それでも若干興奮気味である。
リアンはというと、再びコハクの隣でちょこんと座っている。コハクは凛香がやって来ても落ち着いたもので、リアンを宥める以外はずっと智里の側に座っていた。
「ちーちゃん、イベント会社にいるんだよね? お休みがなかなか取れないって言ってなかったっけ?」
「あー……うん。でも、やっと長く休めることになって」
どこまでつっこまれるのかとヒヤヒヤしたが、凛香は少しきょとんとしただけで、それ以上は聞いてこなかった。兄妹揃って空気を読む力に長けている。
智里はホッと胸を撫で下ろすが、突然、凛香がとんでもないことを言い出した。
「ねぇ、ちーちゃん。こっちにいる間、ここに住むっていうのはどう?」
「……え?」
凛香は何を言っているのだろうか。
ここに? 住む?
「え……っと、凛ちゃん、今なんて……?」
「だからぁ! ちーちゃんがこっちにいる間は、ここに住むの!」
「凛香!」
妹の突拍子のない言葉に、匠も呆然としていたらしい。我に返った匠がすぐさま凛香を止めに入る。だが、凛香はそんなことくらいでは止まらない。
「だってね、お兄ちゃんってば、締切が近づくと寝食忘れてずっと机に向かってるし、家の中もぐっちゃぐちゃになるし。自分の寝食忘れるくせに、みんなのお世話は忘れないってとこがお兄ちゃんだけどさ」
「え? みんなって?」
「え? もしかして、まだ会ってない?」
「はい?」
「あー、まだあの子たちはちょっと警戒してるのかな。あ! 萩尾さんがいるからだぁ!」
「そうですよ。悪かったですね……」
萩尾がしゅんと項垂れる。
一人だけ全く話の見えない智里は、混乱したまま匠を見つめた。匠は大きく溜息をつき、再び鬱陶しげに前髪を掻き上げる。端正な顔が露わとなり、智里の胸がトクンと音を立てた。
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