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「それって、どこからお金が出るの?」
おずおずと尋ねると、凛香はドンと自分の胸を叩いて匠を指差した。
「そんなの、お兄ちゃんに決まってるじゃない!」
匠はというと、げんなりとしている。もうどうにでもしてくれと言わんばかりだ。とうとう妹の暴走について行けなくなったらしい。
智里は少しの間考える。
帰省したはいいが、特に予定はない。実家でのんびりしようと思っていたけれど、そんなものは三日で飽きてしまうだろう。かといって、その後は何をすればいいのか。
もしここで家事全般と動物の世話を請け負えば、毎日忙しく過ごすことになるだろう。疲れるだろうが、それは心地よい疲れだ。きっと充実した毎日が送れる。
まだ顔を見ていない猫たちにも会いたいし、もちろんウサギとフクロウにも会いたい。特にフクロウなんて、本物を間近で見たことはない。ぜひお世話したい。
「智里は……迷惑じゃないのか?」
匠の声に顔を上げると、匠はじっと智里を見つめていた。おそらく、智里の様子を見て声をかけてきたのだろう。智里の心が傾いたことに気付いた。
匠は人の心が読めるのではないかと思ったことが、かつてあった。もちろんそんなことはありえないが、匠はそのくらい心の機微に敏感なのだ。
「うん……。動物は大好きだし、みんなに会いたい。でも、家から通うよ?」
凛香は智里の言葉を聞き、ブンブンと勢いよく首を横に振る。
「ダメだよ、ちーちゃん。この辺はひとけもないし、夜に一人でなんて帰せないから。かといって、毎回お兄ちゃんが送るのもそれはそれで大変だろうし」
「そうですね。確かに夜に女性が一人で出歩くのは危険だと思います」
智里の家からここへ通うという案は、瞬殺で凛香と萩尾に却下されてしまった。匠を見ると、匠も小さく頷いている。
「でも、ここに住むって……」
「智里さえいいなら、俺は構わない」
「え」
一瞬この場がシンと静まり返った。だが次の瞬間には、凛香の声が家中に響き渡る。
「きゃああああああっ! 決まり、決まりねっ! きゃあ! すぐにお母さんに連絡しなくちゃ! あ、ついでにお父さんにも知らせるか」
凛香はスマートフォンを取り出し、ものすごい速さで文字を打っていく。その慌ただしさに、リアンも大興奮だ。勢いあまって萩尾にのしかかっている。
「うわああああっ! リアン、下りろ! 落ち着け、興奮するな、重いぃぃぃぃ~~~っ!」
「あ、お母さんから電話だ! はーい、お母さん? そうそう、ちーちゃんがね……」
リビングがカオスと化している。
匠はソファの背にもたれかかり、天井を仰いでいた。目は虚ろだ。
「匠、大丈夫?」
「あぁ……。あいつのあの喧しさは何とかならないのか……」
「今更じゃない? 相変わらずの凛ちゃんで安心したよ」
「あいつ、あれで高級化粧品メーカーのBA(ビューティー・アドバイザー)って信じられるか? まともに仕事ができてるとは思えない」
凛香は大手化粧品メーカー『KIRISHIMA』に勤めていて、百貨店などで客にメイクをしたりアドバイスをして、自社製品を販売する仕事をしているのだ。コミュニケーションお化けともいえる凛香には、うってつけの仕事だと智里は思っている。
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