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02-1.同居スタート
その日の夕方、智里の両親が家に帰ってきたタイミングで、智里と匠は揃って智里の実家に顔を出した。挨拶もそこそこに、夕飯を一緒に取ることになる。
そのタイミングで匠が同居について説明しようとすると、すでに二人とも事のあらましを把握しており、逆にこちらが驚いた。なんと、凛香から連絡を受けた匠の母親からすでに話は聞いたというのだ。
「順子さんから話は聞いてるわよ。匠君がいいって言ってくれるなら、こんなにいい話はないじゃない!」
「え?」
「美登里さんもこうして賛成してくれてるし、智里ちゃんは安心して匠のところへいらっしゃい!」
「あの?」
夕飯が終わった頃には、何故か匠の両親と凛香も智里の家に集合していた。そして両父親そっちのけで、母親同士が盛り上がって大はしゃぎしている。
「智里ちゃんが東京に行っちゃった時はすごく悲しかったけど、また戻ってきてくれるなんて本当に嬉しいわ。逆転サヨナラホームランって感じ!」
「いえ、あの、おばさん? 私、また向こうに……」
「あら、無理して戻らなくてもいいじゃない。休みも取れないようなハードな仕事でしょう? 倒れるような仕事をこの先も続けるなんて、お母さん心配だわ」
「そうよ、智里ちゃん。智里ちゃんが倒れたって聞いた時、美登里さん大変だったんだから! 東京なんかに出すんじゃなかったって、ずっと後悔してたのよ」
「……ご心配おかけしてすみません」
智里が倒れてしまったことは、さすがに隠せなかった。数日は自分一人ではどうにもならない状態で、母、美登里に家に来てもらっていたのだ。その時から美登里は智里が仕事に復帰することに反対している。
仕事を辞めて地元に戻ってくればいい、ずっとそう言い続けていた。それを宥めるためにも一度戻ることにしたのだが、この調子だと東京へ戻ると言い出した日には一体どんなことになるのやら。
といえど、本当に戻るのか、戻りたいと思っているのか、それはまだ自分でもよくわからない。
「とにかく! 智里ちゃんは好きなだけ匠のところにいるといいわ。匠、あんたも智里ちゃんに頼りきりはダメよ! 今どき家事もやらない男なんてどうしようもないんだからね!」
「そうよ、お兄ちゃん! ちーちゃんのこと、大事にしなきゃダメなんだからね!」
女性陣がわーきゃーとうるさいので、匠は早々に父親同士の輪に避難していた。母親と妹の言葉にうんざりとした顔をしている。
匠の父はまぁまぁと匠の肩を叩き、智里の父親は「大変そうだね」と慰めている。両親の力関係は、この両家はとてもよく似ている。母親が圧倒的に強く、父親は穏やかで優しい。口数が少ないところもそっくりだ。
「でも、ちーちゃんがいてくれたら安心! ちーちゃん、お兄ちゃんって相変わらずこんなだけど、一軒家持ってて、しかも借金なしの超優良物件だから!」
「へ?」
「そーよぉ! まぁ、人見知りで引きこもりだけど、酒は少々、煙草はやらない、女癖なんてなし! 浮気の心配だけは絶対ないわ。結構お買い得だと思うの!」
「お買い得って……」
「あらぁ、こちらこそよ! 匠君が智里でいいなら、いつでも言ってね! 不束者だけど、末永く……」
「お母さん! 何言ってんのっ!」
話がおかしな方向へいっている。
智里が大慌てでそれを止めると、美登里は不満そうな顔でブツブツと呟き始めた。
「あんた、もう29でしょう? こんな優良物件、いつまでも残ってると思わない方がいいわよ。匠君、結構モテるのよ。中高の頃はあんたも知ってるでしょうけど、大学生の時も家に女の子が来てたりしてたんだから」
智里の思考が一瞬停止する。
女の子が、家に、来ていた?
匠はごく一部の人間にしか心を開かない。だが、だからといって人を惹きつけないわけではない。
恋愛に敏感になる中学生くらいから、匠は女子に呼び出されることが少なからずあった。それは高校卒業まで続いていた。そのことは智里も知っている。
なら当然、大学の頃だってあっただろう。高校卒業までは誰とも付き合っていなかった。でも、それ以降は?
智里も高校卒業までは誰とも付き合ったことがなかった。好きだと思える人もいなかったし、匠といる方が楽しかった。それで十分だったのだ。
だが、大学に入ってからはそれなりに恋もしたし、彼氏もできた。社会人になってからも。
智里自身もいろいろあったのだから、匠にだってあっただろう。しかし、そう思った途端に気持ちがもやもやとした。
なんて勝手なのだろう、と自分に呆れる。
小さく溜息をつくと、凛香が隣にやってきて、智里をぎゅっと抱きしめた。
「凛ちゃん?」
「大丈夫よ、ちーちゃん。お兄ちゃんがちーちゃん以外の女に興味あるわけないでしょ?」
「え……」
「智里」
ハッと気付くと、いつの間にか匠が側に来ていて、智里の腕を引っ張りあげた。
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