01-2.アクシデント

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「あ、そうだ。自己紹介もまだでしたよね。僕は、萩尾(はぎお)清武(きよたけ)といいます。出版社に勤めています」 「うわぁ! 本を作られているんですね。私は、咲坂智里です」 「咲坂さんは、元々こちらの方なんですか?」 「そうなんです。大学は東京だったので、卒業後は向こうで就職したんです」  そんな他愛のないことを話しながらしばらく歩いていくと、目の前に大きな家が見えてきた。その家の側には、なんと広々とした庭まである。青々とした芝生が敷き詰められており、智里は思わず立ち止まってその場所に見入ってしまった。 「すごい……」 「あぁ、あそこは動物たちが思う存分遊ぶ場所なんですよ」 「動物たち……?」 「こいつ、コハクも大好きですよ。犬たちは、あそこに行くと喜んで駆けまわっています」 「犬たち? え? 待って! 今、コハクって言いました?」 「はい。こいつの名前です。コハクを連れている時は裏口から入るので、こちらへどうぞ」 「え……」  萩尾はその大きな家の敷地に入っていく。  智里は混乱していた。まさかこのすごい家に住んでいるのが萩尾だということにもだが、何よりシェパードの名前に驚いていた。  コハク、コハクといえば……。  萩尾は裏口のドアを開け、中に入ってすぐにある洗面所から濡れタオルを持ってくる。 「コハク」  コハクはおとなしく萩尾に足を拭かれている。ちゃんとわかっているのだ。萩尾が足を拭き終わると、コハクは家の奥へ行ってしまった。 「どうぞあがってください。荷物はこちらに置いておきますね」 「すみません。……お邪魔します」  智里は靴を脱ぎ、家の中に入る。廊下を歩きながら、ついあちらこちらを見回してしまった。  ここは萩尾の実家だろうか。まさか彼の持ち家ではない、と思うが。  そんなことを考えているうちに、どうぞと萩尾に案内されたのはリビングだった。その広さに目を丸くする。  だだっ広い空間にソファとテーブル、テレビ、オープンラック、そして観葉植物が置かれていた。あまり物がないので、かなりスッキリとした印象だ。 「広いですね……」 「どうぞソファに座っててください。救急箱を持ってきますね」 「はい」  萩尾がその場所からいなくなり、智里は興奮冷めやらぬままソファに座ろうとした。その時、リビングの更に奥から何か白いものがすごいスピードで駆けてきて── 「きゃあっ!!」  こんなことがあるだろうか。一日のうちで二度も大型犬に突進されることなど。  一瞬見えた姿は、白かった。コハクではない。  ぶつかる、そう思った時だった。 「止まれ! リアン!」  萩尾の声ではない。別の誰かの声に、白い大型犬はピタリと止まった。智里にぶつかるスレスレの場所でだ。  犬は止まっても、ぶつかると思った智里はぶつかられていないにもかかわらず、すでにバランスを崩していた。このままだと床にひっくり返るだろう。一瞬の出来事なのに、頭では冷静にそう分析していた。目をぎゅっと瞑る。  だが、倒れなかった。何故なら、智里の身体は誰かに支えられていたからだ。 「え……?」 「……大丈夫か?」  先ほど犬を止めた時とは別人のような小さな声。  智里がゆっくりと目を開けると、そこには一人の男がいた。智里の様子を窺っているようだが、その表情は全くわからない。男の目は、鬱陶しいほど伸びた長い前髪に隠れていたからだ。 「あの……大丈夫です。すみません、ありがとうございます」 「いや……悪かった」  智里の無事を確認すると、男はすぐさま智里から離れる。すると、智里のすぐ側で止まったままだった白い大型犬が、智里にすり寄ってきた。  それに智里が笑うと、犬は嬉しそうに尻尾をパタパタと振る。そして今度は、男に向かって思い切りじゃれついた。 「うわっ! こら、リアン!」 「あぁ……うわ、あの……」  身長は高いが男は華奢な体型で、大型犬にじゃれられると今にも倒れてしまいそうだ。  智里がどうしようかとオロオロしていると、ふとした瞬間に男の前髪から双眸が垣間見えた。その瞳を見て、智里は驚きのあまり言葉を失う。  どうして彼がここにいるのかわからない。しかし、シェパードの名前がコハクであることといい、彼の瞳に残る昔の面影といい、間違いない。彼は──。 「(たくみ)、なの?」  幼稚園から高校まで、ずっと仲の良かった智里の幼馴染・黒須(くろす)(たくみ)。  智里がその名を呼ぶと、彼は前髪を下ろしたまま智里をじっと見つめた。
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