07-2.三年後

2/3
前へ
/96ページ
次へ
「ようやく半年が来たかー。妊婦さんにもそろそろ慣れた?」 「そうだね。幸いつわりも軽かったし、楽させてもらってるかも。でも、もうお腹も膨らんできたし、遠くまで取材に行くのはきつくなってきたかなぁ」 「だよねー。それに、黒君も心配するでしょ?」 「そうだね。でも、山ちゃんも相当心配症だったじゃん。沙由美を仕事に送り出す時は、いっつも悲壮な顔してた」 「あはははは! 確かに!」  智里は妊娠がわかってからも、無理のない程度に仕事は続けているし、沙由美もそうだった。沙由美は本当にギリギリまで働いていたので、夫の山口はいつもハラハラしていたことを思い出す。  匠も今はまだ何も言わないが、そろそろあれこれ言ってくるかもしれない。匠もかなりの心配性だし、智里に対して過保護だ。  智里は、自分の腹を優しく撫でる。ここに、新しい命が宿っているのだ。 「楽しみだね」  智里の手の上から沙由美も重ね合わせ、優しく微笑む。 「男の子か女の子かは、聞かないんでしょ?」 「うん。どっちでも構わないし、どっちでも嬉しいから」 「そうだね。その方が楽しみだしね」  智里は匠とも話し合い、性別は事前に聞かないことにした。出てきた時のお楽しみだ。 「もしもさ、男の子だったら、桜と恋に落ちちゃったりなんかしてー」 「沙由美?」 「だって、この子が生まれたら、桜と幼馴染になるんだよ? 小さい頃からいつも一緒にいたら、桜は絶対この子に恋しちゃうと思うんだよねぇー」  智里は、改めて少し膨らみつつあるそこを撫でる。  もしも、この子が男の子なら。 「男の子でも女の子でも、匠に似てくれるといいなぁ」 「あははは、わかる! でも、男で黒君に似てたら、うちの桜はぜぇったい恋するね! 私に似て面食いだし」 「え? 沙由美って面食いだったの?」 「うん、そうだよ。あぁ、旦那さんは別ー」 「ひどい、さゆっ!」  二階にいたはずの山口と匠が、いつの間にかリビングに来ていた。話を聞いていたようで、山口が完全にいじけてしまっている。 「パパ、えーん」 「そうだよー! ママがいじめるんだよ、桜!」 「ママ、めっ!」 「ええええ~。いじめてないよぉ。ママはイケメンが好きだけど、パパの方が好きって言ってるんだよ?」 「ママ、パパしゅき?」 「うん、大好き」 「うん! 桜もしゅき!」 「桜~~~っ! さゆ~~~っ」  二人を抱きしめようと山口が両手を広げて向かってくる。  場所を譲ろうと立ち上がりかけた智里は、匠に腕を引かれ、そのまま抱きしめられた。 「匠っ」 「山口は加減のきかないバカだから」 「匠、ひどい! でも当たってる!」 「ごめんね、黒君。でも、智里とラブラブできて嬉しいよねぇ~」  沙由美はニヤニヤしながら匠を見上げる。山口もチラリとこちらを気にしていた。おまけに、桜もじぃっと見つめている。  大人な二人はともかく、まだ幼すぎる桜には、と思って離れようとしたが。 「匠、大丈夫だから離して?」 「嫌だ」 「イヤイヤ期かっ!」 「それでいい」 「よくなぁーいっ!」 「ママ、イヤイヤ?」 「何でもイヤって言うことー。桜もすぐにイヤって言ってたじゃん」 「言やないー」 「まぁ、だいぶ落ち着いてきたけどね」 「わー、ニャーニャーきたぁ!」  リビングで匠の声が聞こえたからか、猫たちが集まってきた。  山口と沙由美だけなら出てこないのだが、桜がいると何故か出てくる。猫たちも桜のことが好きなのだろう。 「不思議だよねぇ。猫って普通、子ども嫌いだよねぇ?」 「かーいい! ニャーね、桜、しゅきー」 「ナーア」  返事をするように猫たちが鳴く。  桜は猫たちの嫌がることがわかるのか、触りまくったりはしない。ただ様子を眺めてニコニコ笑っているのだ。だから、猫たちも安心しているのだろう。
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1098人が本棚に入れています
本棚に追加