1098人が本棚に入れています
本棚に追加
「ようやく半年が来たかー。妊婦さんにもそろそろ慣れた?」
「そうだね。幸いつわりも軽かったし、楽させてもらってるかも。でも、もうお腹も膨らんできたし、遠くまで取材に行くのはきつくなってきたかなぁ」
「だよねー。それに、黒君も心配するでしょ?」
「そうだね。でも、山ちゃんも相当心配症だったじゃん。沙由美を仕事に送り出す時は、いっつも悲壮な顔してた」
「あはははは! 確かに!」
智里は妊娠がわかってからも、無理のない程度に仕事は続けているし、沙由美もそうだった。沙由美は本当にギリギリまで働いていたので、夫の山口はいつもハラハラしていたことを思い出す。
匠も今はまだ何も言わないが、そろそろあれこれ言ってくるかもしれない。匠もかなりの心配性だし、智里に対して過保護だ。
智里は、自分の腹を優しく撫でる。ここに、新しい命が宿っているのだ。
「楽しみだね」
智里の手の上から沙由美も重ね合わせ、優しく微笑む。
「男の子か女の子かは、聞かないんでしょ?」
「うん。どっちでも構わないし、どっちでも嬉しいから」
「そうだね。その方が楽しみだしね」
智里は匠とも話し合い、性別は事前に聞かないことにした。出てきた時のお楽しみだ。
「もしもさ、男の子だったら、桜と恋に落ちちゃったりなんかしてー」
「沙由美?」
「だって、この子が生まれたら、桜と幼馴染になるんだよ? 小さい頃からいつも一緒にいたら、桜は絶対この子に恋しちゃうと思うんだよねぇー」
智里は、改めて少し膨らみつつあるそこを撫でる。
もしも、この子が男の子なら。
「男の子でも女の子でも、匠に似てくれるといいなぁ」
「あははは、わかる! でも、男で黒君に似てたら、うちの桜はぜぇったい恋するね! 私に似て面食いだし」
「え? 沙由美って面食いだったの?」
「うん、そうだよ。あぁ、旦那さんは別ー」
「ひどい、さゆっ!」
二階にいたはずの山口と匠が、いつの間にかリビングに来ていた。話を聞いていたようで、山口が完全にいじけてしまっている。
「パパ、えーん」
「そうだよー! ママがいじめるんだよ、桜!」
「ママ、めっ!」
「ええええ~。いじめてないよぉ。ママはイケメンが好きだけど、パパの方が好きって言ってるんだよ?」
「ママ、パパしゅき?」
「うん、大好き」
「うん! 桜もしゅき!」
「桜~~~っ! さゆ~~~っ」
二人を抱きしめようと山口が両手を広げて向かってくる。
場所を譲ろうと立ち上がりかけた智里は、匠に腕を引かれ、そのまま抱きしめられた。
「匠っ」
「山口は加減のきかないバカだから」
「匠、ひどい! でも当たってる!」
「ごめんね、黒君。でも、智里とラブラブできて嬉しいよねぇ~」
沙由美はニヤニヤしながら匠を見上げる。山口もチラリとこちらを気にしていた。おまけに、桜もじぃっと見つめている。
大人な二人はともかく、まだ幼すぎる桜には、と思って離れようとしたが。
「匠、大丈夫だから離して?」
「嫌だ」
「イヤイヤ期かっ!」
「それでいい」
「よくなぁーいっ!」
「ママ、イヤイヤ?」
「何でもイヤって言うことー。桜もすぐにイヤって言ってたじゃん」
「言やないー」
「まぁ、だいぶ落ち着いてきたけどね」
「わー、ニャーニャーきたぁ!」
リビングで匠の声が聞こえたからか、猫たちが集まってきた。
山口と沙由美だけなら出てこないのだが、桜がいると何故か出てくる。猫たちも桜のことが好きなのだろう。
「不思議だよねぇ。猫って普通、子ども嫌いだよねぇ?」
「かーいい! ニャーね、桜、しゅきー」
「ナーア」
返事をするように猫たちが鳴く。
桜は猫たちの嫌がることがわかるのか、触りまくったりはしない。ただ様子を眺めてニコニコ笑っているのだ。だから、猫たちも安心しているのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!