番外編:由来

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 しばらく鳴りを潜めていたアーテルのアカウントが再び動き出した。  アーテルの投稿は、それこそ万単位で拡散され、早速トレンド入りを果たしている。 「匠、いつから絵を描いてたの?」  智里がピョンとミミ、二羽のウサギと戯れながらSNSを眺めていた時、ちょうど匠がやって来たので聞いてみた。  足元に寄ってきたピョンをひょいと抱っこし、匠は智里のすぐ側に腰を下ろす。ちなみに、ミミは智里の膝の上でうとうとと微睡んでいた。 「中学くらいから?」 「えぇ? 私、全然知らなかった……」 「見せたことなかったからな」 「なによー!」  匠の絵が上手いことは知っていたが、SNSにアップするほど好きだったとは思わなかった。  だがそういえば、高校の選択授業は美術だった。智里も美術を選択していたが、智里の場合は消去法で選んだにすぎない。  匠は元々器用なこともあり、美術はもちろん、音楽の才能もあって楽器も少し練習すれば上手くなる。だから、そこまで絵を描くことが好きだとは思っていなかったのだ。 「それにしても、いろんな雰囲気のものが描けるんだね」  アーテルの絵は、写実的なものもあるし、抽象的なものもある。かと思えば、萌え絵と呼ばれるような美少女の絵もあったりするのだ。とても同一人物が描いたものとは思えない。それがアーテルの魅力でもあった。  アーテルのアカウントはしばらくずっと更新されないままだった。時期を調べると、智里が前職で働いていたイベント会社が仕掛けた「神絵師展」が開催した頃まで遡る。そのイベントの告知を最後に、ずっと放置されていた。  その間も、アーテルのアカウントにはひっきりなしに次作を求める声が続々と書き込まれ、とんでもないコメント数になっていた。匠は、それら全てに目は通していたらしい。  アーテルが、実は作家の向坂智であると公表してからは、更にコメントが増えまくった。出版社のアカウントにも「向坂先生にアーテルとして復活してもらえるよう、お願いしてください!」という要望がかなりの数届いたという。  萩尾がコメント全てを印刷して持ってきたのを智里も見たが、結構な厚さがあったように思う。それを見て、改めてアーテルの人気を再確認したものだ。  かくいう智里も、アーテルの絵のファンだ。また描いてほしいと、密かに思っていた。  それを口に出したわけではないのだが、先日、突然アーテルの絵が投稿されたのだ。柔らかいタッチの絵で、黒須家のもふもふたちが描かれていた。  シェパードにシベリアンハスキー、雑種の猫、アフリカオオコノハズクにホーランドロップという統一感のなさを、見事にまとめた手腕はさすがという他ない。  それぞれがイキイキとして、皆が一つの家族のように描かれており、この原画は額に入れて智里の部屋に飾っている。本当はリビングや玄関など目立つ場所に飾りたかったのだが、匠が断固拒否したせいで、智里の部屋になったのだ。眠る前にその絵を眺めて寝るのが今や日課となっている。 「その時の気分で描いてるからな」 「そうなんだ。それにしても、匠って何でもできるよね」  物語が書ける。絵も描けるし、楽器も演奏できるし、動物の世話もお手の物だし、家事もひととおりこなせる。できないことを探す方が難しい気がする。 「何でもできるわけないだろ」 「そう?」 「何を今更。俺は、人付き合いができない」 「あー……」  極度ではないにしても、人見知りなせいで、相変わらず初対面の人間にはかなり警戒して素っ気ない。初対面じゃなくとも、基本は塩対応だ。 「それがあったねぇ」 「俺と言えばそれだろ」 「匠といえば、人見知り」 「よく言えばな」 「悪く言えば?」 「人嫌い」 「それは極端すぎるでしょ!」  肩を震わせて笑うと、そっと引き寄せられる。見上げると、和らいだ表情の匠と目が合った。  とても優しくて、心がほんわかと温かくなる。と同時に、どこか擽ったい。 「智里……」  匠の顔が近づき、智里は静かに目を閉じ……ようとして、不意に思いついた。 「あ!」  匠が驚いて目を丸くしている。 「なんだよ?」 「そういえば、聞きたいと思ってたの!」  ずっと思っていたのだが、いつもつい忘れて聞けていなかったことがあったのだ。それを突然思い出した。  智里は、興味津々といった目で匠を見つめる。
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