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「あのね、どうして「アーテル」って名前にしたの?」
「え? 知らなかったのか?」
匠が意外だという顔で見てくるが、聞いたことがないのだからわかるわけがない。ただ、今更? という感じなので、ほんの少しだけ考えてみる。
匠の名前の付け方は単純だ。それは動物たちの名前ですでに証明済みである。シェパードのコハクはともかく、シベリアンハスキーのリアンなど、途中を抜いただけだ。猫やウサギやフクロウも、見た目や仕草そのままである。
ということは、アーテルという名前もそうなのだろうか。
「そもそも、アーテルってなに……?」
ポツンと呟くと、匠が笑い出す。
「ちょっと、笑わないでよ!」
「いや、ほんとに知らなかったんだと思って」
「だから、知らないって言ってるじゃん!」
恨めしげに見上げると、匠がポケットからスマートフォンを取り出し、文字を打ちこんだ。そして、出てきた画面を智里に見せる。
「ん? アーテル……って! ラテン語で「黒」って意味なんだ!」
「そう。わかりやすいだろ」
「さすが匠」
「なんだよ。今のは純粋な賞賛じゃないだろ?」
そのとおりだ。
智里がさすがだと言ったのは、匠の名付けセンスはひたすら単純、そのことに尽きる。
「んー、えっと、匠らしい? みたいな」
「なんだよ、それ」
そう言いながらも顔は笑っているので、匠はこのまま流してくれるようだ。それにホッとしながら、今度は別の疑問が浮かんだ。
「まだ何か聞きたそうだな」
智里はそれに頷き、匠を正面から見据える。
アーテルが黒須の「黒」だとすると、匠のペンネームである「向坂智」は?
「匠、ペンネームは? 向坂智って、匠にしては単純じゃないよね?」
「俺にしてはってなんだよ。やっぱりさっきのはディスってんじゃないか」
「あははは……」
自分からバラしてしまった。
だが、こうなってくるとますます気になる。ペンネームだけ捻っているというのも不自然だし、もしかして、萩尾につけてもらったのだろうか。
そう尋ねると、匠は違うと否定した。
「えー、じゃあなに? どこから?」
「自分で考えれば?」
「わからないから聞いてるのに!」
「そうだな、今日から一週間考えてどうしてもわからないなら、教えてやるよ」
「一週間って、どんだけ焦らすのよ!」
その時、インターフォンが軽やかな音を立てた。
ミミはビクッとした後、大急ぎでケージの中へ引っ込んでしまい、ピョンも後を追うようにケージの中に入る。
「こいつら、勘がよすぎ。誰が来たのかわかってるみたいだ」
「ほんと……」
やって来たのは萩尾だ。時間を確認すると、ちょうど約束の時刻になっていた。
「智里、俺が出るから、お茶の用意を頼めるか?」
「うん、わかった」
二人はウサギたちの部屋を出て、匠は玄関、智里はキッチンへと向かった。
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