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はじまり
「加寿美?俺だけど。なんとかイケそうだぞ。」
時刻は23時を過ぎたところ、風呂に入ろうとしていた俺の携帯が鳴った。
【武 加寿美】名前だけ見ると、大抵は女性と間違えられる。
電話の主は、同業者の圭介だ。
「で、お前。あの子のどこがそんなにいいわけ?」
俺はある女性に恋をしている。
接点は全くなし。
隣町の幼稚園の前を通りかかった時に、保育士の彼女に一目惚れしたのだ。
彼女は明るく優しい笑顔で園児たちをバスに乗せていた。
あの日以来、彼女のことが頭から離れなくなってしまった。
彼女について知っていることは、あの隣町の幼稚園の保育士さんで、園児たちに「ひろ先生」と呼ばれていることくらいだ。
仕事中に声を掛けるわけにもいかないし、幼稚園という場所柄、待ち伏せも出来ない。
彼女が仕事を終える頃に周りをウロウロしようものなら、不審者扱いされて通報されるのがオチだ。
俺は、、自分でいうのもなんだが、身長185㎝のやや痩せ型。顔面偏差値も高い。
所謂、高スペックってやつだ。
ハッキリ言ってモテる。今若い子から主婦層にまで人気がある韓流スターだか、アイドルだかに似てるとよく言われるが、俺はそいつをよく知らない。
まぁ。正直、女性には不自由したことがない。
後々面倒なことにならない様、職場の女性たちには一切手を出さないと決めている。
告られた時も毎回同じ台詞で丁重にお断りさせて貰っている。
「気持ちはとっても嬉しいんだけどね。決めた相手がいるんだ。ごめんなさい。」
至って普通の断り方だが、逆に普通なのがいいらしい。
遊んでそうに見えて、「一途な武先生」と陰で言われていたみたいだ。
(一途か‥‥)
関係を持った女性は数え切れないほどいる。
でも俺は真剣に女性と付き合うことはない。
最初から、後腐れなさそうな相手しか選ばない。
関係を持ち、相手が本気になってしまった場合を考えたうえで相手を選ぶことにしている。
基本、プライドが高く、ある程度の地位についている女性は後腐れない。
酷い男かもしれないが、俺にあるのは性欲だけで、女性に対してこの人を幸せにしたいだとか、ずっと一緒にいたいなんてことは皆無だ。
女性に不自由しないのは、俺が医者だからってのもあるだろう。
圭介は俺と同じ医学部卒で、研修医として勤めた大学病院でも一緒だった。
奴も見た目はチャラいが、一番信頼出来る、俺の数少ない友人のひとり。
今は実家の心療内科の若先生だ。
俺はつい先月まで大学病院勤めだったが、急遽親父の跡を継ぐことになり、今は「武メンタルクリニック」の院長をしている。
うちは両親共に医者で、俺が生まれたのを機に、親父は開業医になったらしい。
母親は俺が14の時に、若い男を作って家を出て行ったきりだ。
親父にも愛人がいたし、どっちもどっちって感じだな。
俺はひとりっ子。
物心ついた頃から、うちにはハウスキーパーのマキさんがいて、身の回りのことは全てして貰っていたから、実母よりマキさんに懐いていた。
マキさんはいつだって俺の味方で優しい人だ。
俺が医学部を卒業した年、定年とやらでハウスキーパーを辞めて、今は田舎に帰って老舗旅館の仲居さんをしている。
よく聞く「お袋の味」ってやつは、マキさんの手料理。
男の子はお腹が弱い子が多いから、と言って食材にも気を配ってくれていた。
俺の高身長は、栄養バランスの摂れたマキさんの手料理のお陰だと思っている。
マキさんには感謝しかない。
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