02.誰かの代わり

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 撮影が始まった。  拓斗と雅也は崖に追い込まれ、絶対絶命。じりじりと追い詰めていく敵、二人は視線を交わす。 『あーあ、ついてない。僕、高いところはあまり得意じゃないんだよね』 『そうかよ。得意だとしても、ここから落ちるのは勘弁だな』 『間違いなく死んじゃうでしょ。……はあああ、こいつら何人いるんだぁ? えーっと……』 『呑気に数なんて数えてる場合か? 緊張感のない奴だな』  追い詰められながらも余裕を見せる二人に向かって、敵が一斉に襲い掛かる。 『殺れぇーーっ!』  拓斗が雅也の肩を軽く叩く。 『死ぬなよ』 『そっちこそ』  二ッと笑顔で応える雅也。そして、二人はそれぞれ敵陣の中に突っ込んでいった。それからはアクションに次ぐアクション。息つく暇もない。 「拓斗の動きより、辺りの空気に集中して」 「はい」  拓斗の動きは気になるが、仮に何かあったとしても、蛍にはどうすることもできない。彼の方はフレッドが目を光らせているはずなので、蛍は撮影から視線を逸らし、目を閉じた。  感覚を研ぎ澄ませ、周辺の空気に意識を集中させる。  まだ感じない。インフェクトの力は隠されたままだ。 「朔弥だけでも見つかればいいのに」  あれほど目立つ容姿だというのに、どうして見つからないのか。  彼は顔を変えることができるのだろうか。顔だけでなく、姿も変えることができるのだとしたら……。  そんな嫌な考えが頭に浮かんだ時、それは起こった。 「危ないっ!」  続いて、大勢の人の叫び声や悲鳴が聞こえた。  拓斗に視線を移すと、崖の淵に近づきすぎていて、今にも落ちそうだ。そして、それは雅也も同様だった。敵役の役者たちも動揺して、動きが止まっている。  その瞬間、蛍の背筋に悪寒が走った。  雅也が大きくバランスを崩し、落ちる、と誰もがそう思った刹那、雅也の身体が何かに引っ張られるように動く。 「……っ!」  来た。先ほどの悪寒とは比べ物にならない、強烈な寒気。  蛍は急いでその気配を追う。 「どこ……」  オウルは蛍の肩から飛び立っていた。彼ももう一人のインフェクトの気配を追っているのだ。  寒い。凍えそうだ。そして、途轍もない恐怖も感じていた。それでもこの気配を追う。それが、今の蛍に課された役目なのだから。  ゾクッ!  これまで以上の悪寒を感じ、蛍は膝をつきそうになる。しかし、かろうじて視線だけはそちらへ向けた。禍々しいまでの気配のする方へ。 「彼女か。江藤拓斗のマネージャー、古田玲子。蛍ちゃん、行ける?」 「……はい」  しかし、身体が凍ったようにガチガチになっていて、上手く動かない。  無理やり動かそうとする蛍を止め、慧はその手を取った。 「慧さんっ」 「大丈夫。ちゃんと加減はしてる。蛍ちゃんが動けないと、僕も困るでしょ?」  慧が蛍に力を注ぐ。すると、冷え切っていた身体が徐々に温まり、少しずつ動けるようになってきた。  ようやく普通に動かせるようになり、蛍は慧を見上げる。慧は頷き、蛍の手を引いて駆け出した。 「小牧さんは……」 「フレッドが救助したから大丈夫。そのまま江藤拓斗、インフェクトの排除に動く」  江藤拓斗の瘴気は、それほど強くない。フレッドとブロンシュなら、すぐに浄化することができるだろう。  とすれば、これまで対峙したインフェクトよりも大きな力を持つ、もう一人のインフェクトが蛍たちの相手というわけだ。 「もう一人のインフェクトは、本当にマネージャーさんなんですか?」  強烈な気配に目を向けた際、彼女の姿は確かにあった。だが、信じられないという気持ちの方が強い。  玲子と拓斗はマネージャーと俳優という関係で、その距離は近い。インフェクト同士も敵であるはずなのに、彼らにはそれが当てはまらないのか。 「ほら、見てごらん」  慧の指差す方を見ると、オウルが玲子の頭上をぐるぐると飛び回っていた。彼女から噴き出す瘴気を喰らっているせいで、玲子はそれ以上何もできずにいる。  だが、オウルの動きもまだ鈍く、このままでは振り切られてしまう。早く駆けつけなくては。
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