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撮影が始まった。
拓斗と雅也は崖に追い込まれ、絶対絶命。じりじりと追い詰めていく敵、二人は視線を交わす。
『あーあ、ついてない。僕、高いところはあまり得意じゃないんだよね』
『そうかよ。得意だとしても、ここから落ちるのは勘弁だな』
『間違いなく死んじゃうでしょ。……はあああ、こいつら何人いるんだぁ? えーっと……』
『呑気に数なんて数えてる場合か? 緊張感のない奴だな』
追い詰められながらも余裕を見せる二人に向かって、敵が一斉に襲い掛かる。
『殺れぇーーっ!』
拓斗が雅也の肩を軽く叩く。
『死ぬなよ』
『そっちこそ』
二ッと笑顔で応える雅也。そして、二人はそれぞれ敵陣の中に突っ込んでいった。それからはアクションに次ぐアクション。息つく暇もない。
「拓斗の動きより、辺りの空気に集中して」
「はい」
拓斗の動きは気になるが、仮に何かあったとしても、蛍にはどうすることもできない。彼の方はフレッドが目を光らせているはずなので、蛍は撮影から視線を逸らし、目を閉じた。
感覚を研ぎ澄ませ、周辺の空気に意識を集中させる。
まだ感じない。インフェクトの力は隠されたままだ。
「朔弥だけでも見つかればいいのに」
あれほど目立つ容姿だというのに、どうして見つからないのか。
彼は顔を変えることができるのだろうか。顔だけでなく、姿も変えることができるのだとしたら……。
そんな嫌な考えが頭に浮かんだ時、それは起こった。
「危ないっ!」
続いて、大勢の人の叫び声や悲鳴が聞こえた。
拓斗に視線を移すと、崖の淵に近づきすぎていて、今にも落ちそうだ。そして、それは雅也も同様だった。敵役の役者たちも動揺して、動きが止まっている。
その瞬間、蛍の背筋に悪寒が走った。
雅也が大きくバランスを崩し、落ちる、と誰もがそう思った刹那、雅也の身体が何かに引っ張られるように動く。
「……っ!」
来た。先ほどの悪寒とは比べ物にならない、強烈な寒気。
蛍は急いでその気配を追う。
「どこ……」
オウルは蛍の肩から飛び立っていた。彼ももう一人のインフェクトの気配を追っているのだ。
寒い。凍えそうだ。そして、途轍もない恐怖も感じていた。それでもこの気配を追う。それが、今の蛍に課された役目なのだから。
ゾクッ!
これまで以上の悪寒を感じ、蛍は膝をつきそうになる。しかし、かろうじて視線だけはそちらへ向けた。禍々しいまでの気配のする方へ。
「彼女か。江藤拓斗のマネージャー、古田玲子。蛍ちゃん、行ける?」
「……はい」
しかし、身体が凍ったようにガチガチになっていて、上手く動かない。
無理やり動かそうとする蛍を止め、慧はその手を取った。
「慧さんっ」
「大丈夫。ちゃんと加減はしてる。蛍ちゃんが動けないと、僕も困るでしょ?」
慧が蛍に力を注ぐ。すると、冷え切っていた身体が徐々に温まり、少しずつ動けるようになってきた。
ようやく普通に動かせるようになり、蛍は慧を見上げる。慧は頷き、蛍の手を引いて駆け出した。
「小牧さんは……」
「フレッドが救助したから大丈夫。そのまま江藤拓斗、インフェクトの排除に動く」
江藤拓斗の瘴気は、それほど強くない。フレッドとブロンシュなら、すぐに浄化することができるだろう。
とすれば、これまで対峙したインフェクトよりも大きな力を持つ、もう一人のインフェクトが蛍たちの相手というわけだ。
「もう一人のインフェクトは、本当にマネージャーさんなんですか?」
強烈な気配に目を向けた際、彼女の姿は確かにあった。だが、信じられないという気持ちの方が強い。
玲子と拓斗はマネージャーと俳優という関係で、その距離は近い。インフェクト同士も敵であるはずなのに、彼らにはそれが当てはまらないのか。
「ほら、見てごらん」
慧の指差す方を見ると、オウルが玲子の頭上をぐるぐると飛び回っていた。彼女から噴き出す瘴気を喰らっているせいで、玲子はそれ以上何もできずにいる。
だが、オウルの動きもまだ鈍く、このままでは振り切られてしまう。早く駆けつけなくては。
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