02.誰かの代わり

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「さて、どう打開するかな……」  慧の小さな呟きに、蛍は即座に反応した。慧に支えられているフレッドに近付き、その手を取る。 「蛍ちゃん!」 「慧さんはフレッドさんに力を分けることができません。そして、オウルが加勢しても、江藤さんはそれほどダメージを負っていない。このままじゃ、あの二人も力尽きてしまいます」  蛍は目を閉じ、ヒーラーの力をフレッドに注ぎ始める。 「蛍さん……」 「フレッドさん、私の力を受け入れてください」  フレッドが頷き、蛍と同じように目を閉じた。慧は軽く舌打ちし、フレッドを地面に置く。  蛍が僅かに目を開けると、慧が更に結界を強めた。 「フレッドは任せたよ。僕はオウルがもっと力を発揮できるよう、手を尽くす」 「はい」  フレッドが回復すれば、マスター二人で拓斗に立ち向かえる。そうなれば、拓斗の力を大幅に削れるはずだ。その前に七桜や朔弥から攻撃されるとたまったものではないが。今は、そうならないことを祈る他ない。  早く、早く、早く。フレッドを回復させなければ。 「……っ」  ふらりと身体がよろめく。  力を使いすぎているのか。だが、フレッドは依然として目を閉じたままだ。  蛍はフレッドの手を改めて握り直す。まだ力が足りないのだ。 「フレッドさん……」  更に力を注いだその時だった。自分の身体を支えきれず、倒れそうになる。 「あ……」  倒れる間際、蛍の身体は一本の腕に抱きかかえられる。 「慧さん……すみません」  慧は蛍を支えながら、結界を維持していた。結界は拓斗の力を奪い、オウルに力を与えている。拓斗の様子も先ほどとは違い、少しずつ弱っていく素振りを見せていた。 「今、蛍ちゃんに倒れられると困るんだよね」  慧はチラリと蛍を見遣り、その腕に力を込める。慧が何をやろうとしているのか、そんなことは考えなくともわかる。  蛍はその腕から逃れようとするが、慧がそれを許さない。 「大丈夫。加減するから。頼むから、僕に蛍ちゃんを守らせて」 「慧さんっ……」  蛍にもっと体力があれば、力があれば、慧にこんな負担を強いずとも済んだ。情けなくて涙が出そうだ。  もっとヒーラーとして強くならなければ──だめだ。  しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。今できないことを悔やんでも仕方がないのだ。できることをするしかない。  蛍は慧の力を借りながら、フレッドに力を注いでいく。 「……っ」 「フレッドさん!」  フレッドの瞳に生気が戻ってくる。彼は蛍の手を握り返し、そしてやんわりと解いた。 「ごめん、蛍さん。ありがとう」 「フレッドさん、よかった……!」 「フレッド、復活したならさっさと働いてくれないかな?」  視線も寄越さずに憎まれ口を叩く慧に、フレッドは行動で応える。  お前はもういらないと言わんばかりの力で結界を張り直し、拓斗に攻撃まで加えたのだ。 「ガアアアアッ!」  膝をつく拓斗に、オウルとブロンシュが群がる。拓斗は二人を跳ねのけようとするが、苦し紛れのそんな動きでどうこうなる二人ではない。攻撃の手は一切緩めず、拓斗の瘴気に喰らいついていった。 「申し訳なかったね、慧。もう休んでていいよ」 「何を勝手なことを! もたもたしてられない。蛍ちゃんを早く休ませたいから、二人でさっさと片付けるよ!」 「D’accord(了解)」  とりわけ優秀なマスター二人を相手に、いくらオリジンに力を分けてもらったといえど、拓斗では太刀打ちしようがない。案の定、瞬く間に弱り、瘴気も薄くなっていく。  七桜は再び拓斗に力を与えるだろうか。それとも、朔弥に邪魔をさせるか。  蛍は辺りに注意を向けるが、何も感じない。静かなものだ。  あの二人はここにいるのだろうか。それとも、とっくにどこかへ行ってしまっている? 「グワアアアアァァ……」  ついに、拓斗が断末魔の叫びをあげながら倒れた。すかさずオウルとブロンシュが浄化に入る。こちらも二人がかりなので、あっという間に終わってしまうだろう。  心配していた七桜と朔弥の邪魔は入らなかった。七桜が拓斗に力を分け与えたのは、単なる気まぐれだったのだろうか。 「よかっ……た……」  気が抜けた途端、全身からも力が抜けてしまった。慧のフォローもあったというのに、なんたることか。 「お疲れ様、蛍ちゃん」 「慧さん……すみません」 「なんで蛍ちゃんが謝るの?」 「慧さんの力を補充してもらっておきながら……それでも私……」  優しく蛍を見つめる慧の笑顔がゆらゆらと揺れ、何重にも重なって見える。  だめだ。これ以上、意識を保っていられない。 「蛍ちゃん!」  慧の声だけではなく、数人の声が重なった。  あぁ、また皆に心配をかけてしまう──。  ごめんなさい、と心の中で呟きながら、蛍の意識は遥か彼方へと遠のいていくのだった。
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