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「さて、どう打開するかな……」
慧の小さな呟きに、蛍は即座に反応した。慧に支えられているフレッドに近付き、その手を取る。
「蛍ちゃん!」
「慧さんはフレッドさんに力を分けることができません。そして、オウルが加勢しても、江藤さんはそれほどダメージを負っていない。このままじゃ、あの二人も力尽きてしまいます」
蛍は目を閉じ、ヒーラーの力をフレッドに注ぎ始める。
「蛍さん……」
「フレッドさん、私の力を受け入れてください」
フレッドが頷き、蛍と同じように目を閉じた。慧は軽く舌打ちし、フレッドを地面に置く。
蛍が僅かに目を開けると、慧が更に結界を強めた。
「フレッドは任せたよ。僕はオウルがもっと力を発揮できるよう、手を尽くす」
「はい」
フレッドが回復すれば、マスター二人で拓斗に立ち向かえる。そうなれば、拓斗の力を大幅に削れるはずだ。その前に七桜や朔弥から攻撃されるとたまったものではないが。今は、そうならないことを祈る他ない。
早く、早く、早く。フレッドを回復させなければ。
「……っ」
ふらりと身体がよろめく。
力を使いすぎているのか。だが、フレッドは依然として目を閉じたままだ。
蛍はフレッドの手を改めて握り直す。まだ力が足りないのだ。
「フレッドさん……」
更に力を注いだその時だった。自分の身体を支えきれず、倒れそうになる。
「あ……」
倒れる間際、蛍の身体は一本の腕に抱きかかえられる。
「慧さん……すみません」
慧は蛍を支えながら、結界を維持していた。結界は拓斗の力を奪い、オウルに力を与えている。拓斗の様子も先ほどとは違い、少しずつ弱っていく素振りを見せていた。
「今、蛍ちゃんに倒れられると困るんだよね」
慧はチラリと蛍を見遣り、その腕に力を込める。慧が何をやろうとしているのか、そんなことは考えなくともわかる。
蛍はその腕から逃れようとするが、慧がそれを許さない。
「大丈夫。加減するから。頼むから、僕に蛍ちゃんを守らせて」
「慧さんっ……」
蛍にもっと体力があれば、力があれば、慧にこんな負担を強いずとも済んだ。情けなくて涙が出そうだ。
もっとヒーラーとして強くならなければ──だめだ。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。今できないことを悔やんでも仕方がないのだ。できることをするしかない。
蛍は慧の力を借りながら、フレッドに力を注いでいく。
「……っ」
「フレッドさん!」
フレッドの瞳に生気が戻ってくる。彼は蛍の手を握り返し、そしてやんわりと解いた。
「ごめん、蛍さん。ありがとう」
「フレッドさん、よかった……!」
「フレッド、復活したならさっさと働いてくれないかな?」
視線も寄越さずに憎まれ口を叩く慧に、フレッドは行動で応える。
お前はもういらないと言わんばかりの力で結界を張り直し、拓斗に攻撃まで加えたのだ。
「ガアアアアッ!」
膝をつく拓斗に、オウルとブロンシュが群がる。拓斗は二人を跳ねのけようとするが、苦し紛れのそんな動きでどうこうなる二人ではない。攻撃の手は一切緩めず、拓斗の瘴気に喰らいついていった。
「申し訳なかったね、慧。もう休んでていいよ」
「何を勝手なことを! もたもたしてられない。蛍ちゃんを早く休ませたいから、二人でさっさと片付けるよ!」
「D’accord(了解)」
とりわけ優秀なマスター二人を相手に、いくらオリジンに力を分けてもらったといえど、拓斗では太刀打ちしようがない。案の定、瞬く間に弱り、瘴気も薄くなっていく。
七桜は再び拓斗に力を与えるだろうか。それとも、朔弥に邪魔をさせるか。
蛍は辺りに注意を向けるが、何も感じない。静かなものだ。
あの二人はここにいるのだろうか。それとも、とっくにどこかへ行ってしまっている?
「グワアアアアァァ……」
ついに、拓斗が断末魔の叫びをあげながら倒れた。すかさずオウルとブロンシュが浄化に入る。こちらも二人がかりなので、あっという間に終わってしまうだろう。
心配していた七桜と朔弥の邪魔は入らなかった。七桜が拓斗に力を分け与えたのは、単なる気まぐれだったのだろうか。
「よかっ……た……」
気が抜けた途端、全身からも力が抜けてしまった。慧のフォローもあったというのに、なんたることか。
「お疲れ様、蛍ちゃん」
「慧さん……すみません」
「なんで蛍ちゃんが謝るの?」
「慧さんの力を補充してもらっておきながら……それでも私……」
優しく蛍を見つめる慧の笑顔がゆらゆらと揺れ、何重にも重なって見える。
だめだ。これ以上、意識を保っていられない。
「蛍ちゃん!」
慧の声だけではなく、数人の声が重なった。
あぁ、また皆に心配をかけてしまう──。
ごめんなさい、と心の中で呟きながら、蛍の意識は遥か彼方へと遠のいていくのだった。
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