第3話  初めての経験

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第3話  初めての経験

(どうしよう)  僕はベッドの端に腰かけたまま頭を抱えた。  まさかHまでするとは思ってもいなかった。  お茶と食事だけ付き合えばいいんだと思いこんでいた。  このまま着替えて逃げようか。  別にHをしたくないということではない。  あの(ひと)はすごく美人だ。  正直に言えばしたい。  だが、女性と付き合うどころか喋ったことすらない僕は今までそういう経験がない。  高校の時に、男子たちがHビデオを回し見していたが、空気のような存在の僕に回ってくることはなかった。  だから、何をどういうふうにすればいいのか知らない。  それにいくら美人とはいえ初めて会った女だ。どんな女なのか分からない。  美人だから悪人ではないという保証はどこにもない。  ママ活のことを話していた奴も危ない目に遭うこともあるというようなことを言っていた。  もし、あの女が悪人ならどんなひどい目に遭わされるか。  しばらく悩んで僕は決心して立ち上がった。 (1万円は惜しいが、逃げよう。殺されでもしたら大変だ)  着替えをしようと思って、床の上に置いておいた服を取ろうとした。 「何をしているの」  バスルームの方から声が聞こえてきた。  顔を上げると、あの女がバスローブを着てバスルームの扉の前に立っている。 「ふ、服が床に落ちたから取ろうと思って」  床の上の服を空いている椅子の上に置いた。  僕は観念してまたベッドの端に腰かけた。  あの女は僕のすぐ隣に座った。柔らかい脇腹と腕がが僕の体に触れる。  石鹸のいい香りがしてくる。  体が石のようになって動かない。 「明るすぎるわ。恥ずかしいから暗くして」 「あっ、はい」  ベッドサイドにあるスタンドのスイッチをひねった。  真っ暗になる。  しばらく何も見えなかったが、目が慣れてくるとすぐ目の前に端正な顔が見えた。 「キスはダメよ」  僕の耳にあの女が口を寄せて囁く。 「は、はい」  声が震えた。体もブルブルと震え、喉がカラカラになってくる。  あの女はベッドの上にゆっくり仰向けに倒れていった。  なんとか体を動かして、あの女のバスローブの紐を解く。合わさった前を広げた。  胸の膨らみに手を伸ばす。手で覆い尽くすことができないぐらいの豊かな膨らみだ。 「痛いわ。もっと優しくして」  咎めるような声に僕は思わず手を離した。 「す、すみません。初めてなのでどうしていいか分からなくって」  僕は正直に言った。 「えーっ、経験がないの? 一度も?」 「はい。すみません」 「はあーっ……わたしの言うとおりして」  あの女が呆れたように言った。 「分かりました」  あの女の指示どおりに動こうとした。  だが、緊張で体がガチガチになってしまって言われたようにはなかなか動けない。加減がわからずに力が入りすぎると、苦しそうな声を出す。  その声が聞こえるたびにドキッとして慌てて力を抜く。  それでもなんとか動き続けているうちに、あの女の声の調子がだんだん変わってきて息も荒くなってくる。  僕の息も荒くなってきて、体から汗が噴き出してきた。男の欲望が抑えられなくなってくる。 「きてえー」  あの女が甘えたような声を出して僕の首の後ろに手を回した。  我慢できなくなった僕は繋がろうとするが経験がないために思うようにいかない。だんだんあせってくる。だが、あせればあせるほど思いどおりにはいかない。  焦れたようにあの人が導いてくれた。  やっとの思いで一つになったのに、僕は我慢できずにあっという間に終わってしまう。 「ごめんなさい」 「えっ、もうなの」  不満げな掠れた声が囁いた。 「ごめんなさい」  あの女から体を離してもう一度あやまった。 「本当に初めてだったのね。ひょっとして付き合ったこともないの?」  どこか小馬鹿にしたような言い方に僕の中で何かが弾け飛んだ。 「そりゃあ、あんたはいい旦那がいて、いい暮らしをしていて好きに遊べるだろうよ。でも、僕は一人で生きていかなくっちゃいけないんだ。付き合う余裕なんかなかったんだよ」  僕はキレた記憶がない。なぜ、キレたのか自分でも分からない。  キレてしまった僕は言わなくてもいい両親のことやお金がないことまで喋っていた。  あの女は黙って聞いていた。 「そう。大変だったのね」  僕が黙ると、落ち着いた声でそう言って、何も身につけずに立ち上がりバックを探り、財布の中から何枚かのお札を出した。 「約束ですから1枚でいいです」  僕は1万円だけ手に取って、慌てて服を着て部屋を出た。
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