静脈に住まう

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静脈に住まう

「青」、とされるその血液は 静かにそこに住まっている 点滅する信号に急くとすらなく ただし止まることも決して、ない 雑踏の中でひとり立ち止まり流れを止めるわたしのように 邪魔になることもないでしょう 見上げたビル街の隙間にある空は青とは遠い色をしていて 皆の溜息の色のようだとも思った 足元から寒さが白蛇のように登る この街の神なのだというその蛇は わたしの背骨を伝ってゆっくりとゆっくりと 涼しさを丁寧に置いてゆく 寒かったはずの身体に いつか田舎に置いてきた真夏のサイダーが駆け抜けた 一歩、進んだ それだけでさっきまで見えていた空はさらに欠けて 冬の中を蛇行するいつかの夏がわたしを連れ出す 古く軋むかき氷機の音 ふたりだけが知っていた日陰と湿度 短くなる影、真昼の頂点、死が怖くなった8月の太陽 そこにもあった静脈 今、街の脈を止めているわたしを包む過去の汗そして脈動 重いな、足は、どうしても重いや 目に止まった喫煙所に身を寄せて煙を吐き出した 嗚呼、空の色 咥えたまま潰したカプセルが 詐欺師のように幻覚を見せてくる 昼寝をしたあとの畳の匂いがふと香り、 わたしは半分も吸っていない煙草を灰皿に投げ捨てた 背骨に涼しさのバックステッチ その糸はほどけないままに 街を歩くわたしは静脈として 生きる
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